漢詩紹介

CD①収録 吟者:松尾佳恵
2014年7月掲載

読み方

  • 春 夜  <蘇東坡>
  • 春宵一刻 直千金
  • 花に清香有り 月に陰有り
  • 歌管楼台 声細細
  • 鞦韆院落 夜沈沈
  • しゅんや <そとうば>
  • しゅんしょういっこく あたいせんきん
  • はなにせいこうあり つきにかげあり
  • かかんろうだい こえさいさい
  • しゅうせんいんらく よるちんちん

詩の意味

 春の宵の一刻は千金の値打ちがあるほど素晴らしい。花は清らかな香りを放ち、月はおぼろにかすんでいる。
 先ほどまで歌声や笛の音(ね)がにぎやかだった高殿からは、名残りを惜しむように細々とかすかに聞こえるだけで、乗る人も無くなったぶらんこのある中庭に、夜は静かに更けていく。

語句の意味

  • 千 金
    きわめて高価なこと
  • 歌 管
    歌声と管絃の音
  • 鞦 韆
    ぶらんこ
  • 院 落
    建物で囲まれた中庭
  • 夜沈沈
    夜が静かに更けていくさま

鑑賞

  清明(せいめい)節の宴のあとは……

 美しく穏やかな春の夜を詠じている。1句目の「春宵一刻……」があまりにも有名なので、雰囲気はみんな感じ取っている。時期や場所は不明だが、ごく若いころの作品であろうという解説書もある。
 第1句は冬の寒さから解放された春宵の素晴らしさを表出し、2句目はその具体的な説明である。第3句と4句は対をなし、管絃の音の聞こえる動的な世界と、静かに夜が更けていく静的なそれとの対比も、その場にいるように誘い込まれる。
 当時貴族の邸では寒食(かんしょく)という行事があった。陰暦3月の清明節の前後3日間ほど、火を使わないで冷たいものを食べる風習である。この行事も一つの節会(せちえ)であるから、昼間は高殿で貴族が歌や笛の雅楽で楽しみ、女官たちは蹴鞠(けまり)やブランコで遊んだようである。その昼間のにぎやかさを想像しながら、寒くもなく暑くもない春の宵の穏やかな庭に誘われてみよう。

漢詩の小知識

  清明について

 二十四節季(立春、雨水=うすい=、啓蟄=けいちつ=、春分、清明、穀雨、立夏、小満=しょうまん=、芒種=ぼうしゅ=、夏至、小暑、大暑、立秋、処暑、白露=はくろ=、秋分、寒露、霜降=そうこう=、立冬、小雪、大雪、冬至、小寒、大寒)の一つで、春分から15日目をいう。中国では先祖の墓参をする日である。この日の前後は寒食といって火を用いない料理を食べる。冷食ともいう。宮中では管絃の催しがあり祝う。現代中国では国民の祝日となっていて休日だから、墓参も寒食もその習慣が薄れ、観光旅行にあてたりしている。杜牧の「清明」という絶句にあるように雨の多い季節でもある。

詩の形

 平起こり七言絶句の形であって、下平声十二侵(しん)韻の金、陰、沈の字が使われている。

結句 転句 承句 起句

作者

蘇 東坡  1036~1101

 北宋の政治家・詩人・文章家

 名は軾(しょく)、字は子贍(しせん)、号は東坡。四川省眉山県の生まれ。父洵(じゅん)、弟轍(てつ)とともに「唐宋八大家」に数えられ、三蘇といわれた名文章家。幼にして 道教的教育を受け、20歳の時上京して官途に就く。当時の礼部侍郎(れいぶじろう)であった欧陽修に見出され、終世師と仰ぐ。中央、地方の官を歴任しその間たびたび流謫(るたく)された。 官は礼部尚書(れいぶしょうしょ=今の文部科学大臣)に至る。江蘇省常州において没す。散文「赤壁の賦(せきへきのふ)」は有名。死後皇帝より文忠公と諡(おくりな)された。享年65。