漢詩紹介

吟者:藤本曙冽
2011年1月掲載[吟法改定再録]

読み方

  •  雲  <大窪 詩仏>
  • 霧に似 煙に似て 還 雨に似たり
  • 霏霏漠漠 更に紛紛
  • 須臾にして風起こり 吹き将ち去り
  • 去って前山 一帯の雲と作る
  •  くも <おおくぼ しぶつ>
  • きりにに けむりににて また あめににたり
  • ひひばくばく さらにふんぷん
  • しゅゆにしてかぜおこり ふきもちさり
  • さってぜんざん いったいのくもとなる

詩の意味

 霧に似ているが霧ではなく、靄(もや)に似ているがそうでもなく、また雨に似ているが雨でもない。しきりに降っているようで、あたりはぼんやりしているが、さらに入り混じって乱れ散っている。
 しばらくして一陣の風が吹きおこって、これらを持ち去っていったかと思うと、そのあとに前山を横切る一筋の雲が現れた。

語句の意味

  • ここでは靄
  • ここでは「又」に準じる
  • 霏 霏
    雪や雨などがしきりに降るさま
  • 漠 漠
    ぼんやりとしているさま
  • 紛 紛
    入り混じって乱れるさま
  • 須 臾
    しばらく

鑑賞

  雨の後の一帯の雲はまさに墨絵のよう

 この詩は西へ旅する途中、箱根山中での作である。「雲」と題しながら、雲は最後に現れる。起句で、霧でも靄でも雨でもないもの、そしてそれらに似たるものと表現し、謎に包まれる。承句では、その状態を畳字の「霏霏」「漠漠」「紛紛」を使って効果的にたたみかけてくる。後半でこのもやもやは風で吹き飛ばされ、本当に見たいものの正体が現れる。この展開は蘇東坡の「望湖楼酔書」に似ている。雨を伴う黒雲が一陣の風で吹き払われ晴天が現れるという構図。一方このもやもやなるものは一体何なのだろうと読者を迷想させる。一種の謎かけをして読者を引き込む手法である。この手法は「荀子(じゅんし)」の賦篇に見えるものにヒントを得ているのかもしれない。典型的な詠物詩である。墨絵の美を満喫したい。

参考

  市河寛斎(いちかわかんさい)は、詩仏の「詩聖堂詩集」に寄せた序文で「(詩仏は)北に信越に遊び、西に京摂に渉(わた)る。その間の名山諸勝、足跡に到る所、題詠幾(ほとん)ど遍(あまね)し、みな奇を捜り、怪を抉(えぐ)りて、至妙に造詣す。蓋(けだ)し、山川霊秀の気、その業を助成する者なり」と記し、詩仏の詩を評しているが、この詩もこの評のとおりである。

 ②「荀子」の賦篇について

 この篇は「礼・知・雲・蚕・箴」の五つの物を謎解きの手法で詠っている。たとえば「礼」を導くのに「絲でもなく帛(わた)でもないが、模様やすじ目ははっきりしている。太陽でなければ月でもないが、天下で最も明るいもの。………」。それに対し王がこの謎解きに応じて「君子はこれを敬うが小人はそうしないものだろう。本性にそれがなければ禽獣(きんじゅう)と同じくなり、本性にそれが得られれば優雅になるものだろう。………」と長々と続いて最後にそれは「礼」だと説いていく話がある。

漢詩の小知識

  詠物詩とは

 文字通り、草木、花月、動物、天界など物体そのものを題材にして詠んだ詩。「松」「竹」「石」「草」などの詩がそれに相当する。

 詩文の中には、歴史事実、作者の環境など1字も無く制作年代、時代背景など見えないのは何とも物足りない感はあるが、李白ほどの大詩人でも大半がこの類であることを考えれば、ただそれだけとはいえない。

詩の形

 仄起こり七言絶句の形であって、上平声十二文(ぶん)韻の紛、雲の字が使われている。起句は踏み落とし。

結句 転句 承句 起句

作者

大窪詩仏  1767~1837

 江戸中期の漢詩人

 明和4年、常陸(茨城県)多賀郡大久保村に生まれる。通称は柳太郎、名は行光(ゆきみつ)、字は天民、詩仏はその号。また痩梅(そうばい)、詩聖堂の別号がある。江戸に移り住み、諸州に遊び、京師の頼山陽をも訪ねた。草書と詩を以て名高く、市河寛斎、柏木如亭(じょてい)、菊池五山とともに江戸の四詩家と称せられる。性格は洒脱(しゃだつ)である。画家の谷文晁と親交があって、好んで墨竹を画き、はなはだ気韻に富む。天保8年2月に没す。相州(神奈川県)藤沢に葬られる。享年71。著書に「詩聖堂詩集」その他多数の詩集がある。