詩歌紹介

読み方

  • 幾山河<若山牧水>
  • 幾山河 越えさり行かば 寂しさの
  • 終てなむ国ぞ 今日も旅ゆく
  • いくやまかわ<わかやまぼくすい>
  • いくやまかわ こえさりゆかば さびしさの
  • はてなんくにぞ きょうもたびゆく

語意

  • 終てなむ
    文法的には「終て」は動詞「終つ」の未然形 「な」は強めの助動詞 「む」は婉曲表現の助動詞で 果ててしまうようなと訳す

歌意

 これから先、いったい幾つの山や川を越えて行ったら、寂しさが尽き果ててしまうような国に至るのであろうか。その思いを胸に、今日も旅を続ける。

出典

 「海の声」「若山牧水全集」

作者略伝

若山牧水 1885-1928

 明治18年ー昭和3年。歌人。宮崎県東臼杵(うすき)郡東郷村の生まれ。代々医者の家系。早稲田大学卒。本名繁。明治37年尾上柴舟の門に入る。初期の恋愛歌で広く知られる。歌人太田喜志子は妻。旅と酒と桜を生涯の友とし、揮毫(きごう)旅行もしばしば行った。牧水調といわれる愛唱歌では他の追随を許さない。「若山牧水全集」その他がある。沼津で没す。年44。

備考

 寂しさについて…明治40年、牧水23歳の作。大学の夏休暇を利用し、病身の父の見舞いも兼ねて帰郷した。はじめて中国山脈沿いの道をあえて選んだ。このころから牧水は人生・芸術に懐疑的で、自分はこの世に生きてよいのかという根源的な悩みに捉われていた。そこで旅をしながら寂しさの果てる国を夢見て歩き続ける。その夢はあのカール・ブッセの「山のあなたの空遠く幸い住むと人の言う」国とイメージが重なると言われる。しかし現実にはそういう国は存在しないと認識せざるを得ないから苦悩や寂しさが続くのである。
 歌碑について…作者が晩年をすごした沼津市千本松原にこの「幾山河…」の歌碑があるが、岡山県・広島県・島根県が県境を接するあたりの山中にもこの歌の歌碑が妻喜志子のものと共に建立されている。