漢詩紹介

読み方
- 絶句(一) <杜 甫>
- 両箇の黄鸝 翠柳に鳴き
- 一行の白鷺 青天に上る
- 窓に含む西嶺 千秋の雪
- 門に泊す東呉 万里の船
- ぜっく(いち) <と ほ>
- りょうこのおうり すいりゅうになき
- いっこうのはくろ せいてんにのぼる
- まどにふくむせいれい せんしゅうのゆき
- もんにはくすとうご ばんりのふね
詩の意味
二羽の鶯が緑の柳の木に鳴いており、一列になった白鷺が青空高く上がっていく。
また窓からは西の峰の、千年も消えない雪が眺められ、門前には遠い東の呉の地からやってきた船が停泊しているのが見える。
語句の意味
-
- 両 箇
- 二羽
-
- 黄 鸝
- 鶯の一種 高麗鶯(こうらいうぐいす)
-
- 門
- 杜甫草堂の前
-
- 東 呉
- 東の地にある呉の地方
鑑賞
やがて成都を離れる思い出の光景か
全対格(ぜんついかく)のリズムが詩を明るく印象的にする。四川省の成都郊外の杜甫草堂(浣花=かんか=草堂ともいう)の近くには錦江が流れ、大きな船着場もある。杜甫が比較的穏やかに暮らしていたころである。
一句が近景、二・三句が遠景でまた四句が近景と続き、立体感を出している。成都を旅立つ前年764年、53歳の夏の作といわれている。各句とも、我々には一幅の絵になる美しい光景であるが、作者にとっては、黄鸝や白鷺、さらに千年雪の峰は毎日見慣れている、ありきたりの光景と思われる。それをなぜ詩にしたのか。作者は近近この町を去らなければならない事情が出てきた。その目指すところは長江下流の呉の地方である。別れに際し、しっかりと目にも心にも焼き付けておきたい成都の光景ではなかったか。そう思えばこの詩も深みが増し、しみじみとした旅愁詩のひとつと考えられる。
漢詩の小知識
全対格 特に正対について
一般的に絶句には対句は不必要だが、この「絶句」は前後の二句とも対句になっているので全対格と呼ぶ。しかも一字一句、完全なまでに対句だから正対ともいわれる。
数詞 名詞 形容詞 名詞 動詞 形容詞 名詞
両 箇 黄 鸝 鳴 翠 柳
と と と と と と と
一 行 白 鷺 上 青 天
名詞 動詞 名詞 名詞 数詞 名詞 名詞
窓 含 西 嶺 千 秋 雪
と と と と と と と
門 泊 東 呉 万 里 船
詩の形
仄起こり七言絶句の形であって、下平声一先(せん)韻の天、船の字が使われている。一句目は踏み落とし。
結句 | 転句 | 承句 | 起句 |
---|---|---|---|
作者
杜 甫 712~770
盛唐の役人・詩人
李白と並び称され、中国詩史上偉大な詩人である。字は子美(しび)、号は少陵(しょうりょう)。洛陽に近い鞏県(きょうけん)に生まれた。代々地方官を勤めた家系で田舎の豪族であった。7歳から詩を作る。科挙の試験に及第しなかったためよい役職に就けず各地を放浪し、生活は窮乏を極めた。安禄山の乱に捕らえられるがのち脱出。湖南省潭(たん)州から岳州に向かう船の中で没す。享年59。律詩に巧みで名作が多い。その誠実な人柄から「詩聖」と称せられる。