漢詩紹介
吟者:中谷 淞苑
2010年4月掲載
読み方
- 秋 思 <張 籍>
- 洛陽城裏 秋風を見る
- 家書を作らんと欲して 意 万重
- 復恐る匆匆 説きて尽くさざるを
- 行人発するに臨んで 又封を開く
- しゅうし <ちょうせき>
- らくようじょうり しゅうふうをみる
- かしょをつくらんとほっして い ばんちょう
- またおそるそうそう ときてつくさざるを
- こうじんはっするにのぞんで またふうをひらく
詩の意味
洛陽の町中で秋風の立つのが見られるようになって、にわかに故郷のことが懐かしくなり、家に手紙を書こうと思いたったが、あれもこれもと思いが重なってしまう。
どうにかまとめてみたものの、あわてて書いたので言いたいことが尽くせたかどうか心配になってきて、使いの人が出発する間際になって、また封を開いて読み直してみるほどであった。
語句の意味
-
- 洛 陽
- 唐時代 長安に次ぐ第二の都市 黄河の下流にある
-
- 城 裏
- 「城」は町「裏」は中
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- 家 書
- ここでは故郷に寄せる手紙
-
- 匆 匆
- あわただしいさま
-
- 行 人
- ここでは使いの人
鑑賞
言葉で言い尽くせないもどかしさ
質朴で過度の装飾がなく深みのある思いを精確な詩語によって表現している。秋風によって郷愁をそそられ、それを詩に託したものは古来たくさんあるが、その中でもこの詩は秀逸である。「秋風を見る」が特にいい。「秋風を聞く」と詠う名詩もあるが、さらに鑑賞範囲を広げている。紅葉し始めた樹々の葉の色を見たり、散り始めたかすかな葉音を聞いたり、流れる白雲に秋の到来を知ったり、夏とは違う風のそよぎに季節の移ろいを五感で感じたり、それらを包含しての「見る」なのである。詩情を高める奇抜な表現というべきであろう。また手紙を開封して秋を愁う情が言い尽くされたかどうかと読み直す場面もいい。詩人だからといって、漢詩のようなわけにはいかなかったのか、あれこれの思いがうまく書けたものかと迷っている作者の心情が吐露され、純粋で正直な(父・親・夫)の一面が窺え、むしろ爽やかな感じが伝わってくる。
備考
「見秋風」には故事がある
晋の張翰が中央官として洛陽にいたが、秋風の立つのを見て故郷の呉(蘇州)の名産鱸(すずき)のなますが食べたく官職を捨てて故郷に帰ったという故事をふまえている。
参考
初秋を知った日本の名歌
秋来ぬと 目にはさやかに 見えねども
風の音にぞ 驚かれぬる
(藤原敏行 古今和歌集)
都をば 霞とともに 立ちしかど
秋風ぞ吹く 白河の関
(能因法師 後拾遺和歌集)
詩の形
平起こり七言絶句の形であって、上平声一東(とう)韻の風と上平声二冬(とう)韻の重、封の字が通韻として使われている。転句は下三連になっている。
結句 | 転句 | 承句 | 起句 |
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作者
張 籍 768~830
中唐の詩人・役人
字は文昌。大歴3年安徽(あんき)省和県に生まれる。徳宗の貞元15年(799)進士に及第、累進して水部郎中(水軍・水利を管理する官)に進み張水部と呼ばれた。性格が気みじかで真正直であったため世に容れられなかったが、のち韓愈の推薦で国子博士、続いて国子司業(最高学府の教授)となり張司業と呼ばれた。楽府体の詩に優れ「張司業集八巻」がある。大和4年に没す。享年63。