漢詩紹介

CD④収録 吟者:南方快聖
2016年4月掲載

読み方

  •  鍾山即事 <王安石>
  • 澗水声無く 竹を繞って流る
  • 竹西の花草 春柔を露す
  • 茅簷相対して 坐すること終日
  • 一鳥啼かず 山更に幽なり
  •  しょうざんそくじ <おうあんせき>
  • かんすいこえなく たけをめぐってながる
  • ちくせいのかそう しゅんじゅうをあらわす
  • ぼうえんあいたいして ざすることしゅうじつ
  • いっちょうなかず やまさらにゆうなり

詩の意味

 谷川の水は音もなく静かに竹の林の間をめぐって流れている。その竹の林の西には花や草が春の柔らかさを表し、のどかである。
 茅葺(かやぶき)の軒下で鍾山に向かいあって一日中座っていると、鳥の鳴き声も聞こえず、山はいよいよ静かである。

語句の意味

  • 鍾 山
    金陵(今の南京)の東北にある名山で紫金山とも
  • 即 事
    その場その時に感じた眼前の光景を詩にする
  • 澗 水
    谷川の水
  • 春 柔
    春の柔らかさ
  • 茅 簷
    茅葺の家の軒
  •  幽 
    静かなさま

鑑賞

  山の静けさは心の静けさ 李白への憧れか

 この詩は宰相在任中の55歳ごろ、政情不安を感じてか南の鍾山近くに居を移したころの作。政界浄化に腐心していたが、保守派の抵抗は根強く、その行く末を見守っていた。鍾山の魅力はある本によれば、この山は低山ではあるが広い裾野を持ち、山域に林が広がり、大都市金陵のオアシス的存在になっていた。今でも「南京鍾山」の名で国家級の風景地区に指定されている、とある。
 この詩の鑑賞の中心はやはり結句の静けさであろう。安石はそれを「一鳥啼かず……」と記した。これは六朝時代の詩人王籍の詩「若耶渓に入る」の二句に「蝉噪しゅうて林逾逾静かに 鳥鳴いて山更に幽なり」を巧みに逆用した句として知られている。日本にも有名な芭蕉の句「閑かさや 岩にしみ入る 蝉の声」も、鳴き声が静けさを引き出している。どちらが詩的なのかは読者に委ねることになるが、さまざまな感性の面白さを知ることができる。この静けさはもちろん山の実景であろうが、作者が政界の騒がしさや煩わしさから逃れ、この地に身を置く時だけ感じる穏やかな心象表現でもある。李白の「独り敬亭山に坐す」の詩に、一日中、山に向かって静けさを満喫する詩があるが、安石も動機は違うが、鍾山の静けさの中で終日暮らしている。李白の心境に憧れを抱いていたものと思われる。

詩の形

 仄起こり七言絶句の形であって、下平声十一尤(ゆう)韻の流、柔、幽の字が使われている。

結句 転句 承句 起句

作者

王安石  1021~1086

  北宋の詩人・文章家・政治家

 字は介甫(かいほ)、半山(はんざん)は号。江西省臨川県の人。慶歴2年(22歳)の進士。淮南(わいなん)の判官より宰相まで昇った。神宗は安石に絶大な信頼を寄せ、高級官僚と大地主の癒着、富豪の不当な利潤搾取をただし、さらには軍事・教育・社会保障の分野まで人民の生活向上のための改革を図り、ある程度実績を上げたが、神宗が崩ずるや安石は失脚した。晩年の約10年間は鍾山に隠棲し詩文を友とした。失意の中に没す。享年66。唐宋八大家の一人。「臨川先生文集」百巻がある。