漢詩紹介

CD④収録 吟者:中島菖豊
2016年7月掲載

読み方

  •  鸛鵲楼に登る  <王之渙>
  • 白日 山に依って尽き
  • 黄河 海に入って流る
  • 千里の目を 窮めんと欲して
  • 更に上る 一層の楼
  •  かんじゃくろうにのぼる  <おうしかん>
  • はくじつ やまによってつき
  • こうが うみにいってながる
  • せんりのめを きわめんとほっして
  • さらにのぼる いっそうのろう

詩の意味

 鸛鵲楼に登ると、光り輝く太陽も、西の山々によりかかるように沈んでゆき、眼下には滔々と黄河が東の海に流れ続けている。
 この雄大な眺めを千里の彼方まで見極めようとして、更にもう一層上へと登ってみるのである。

語句の意味

  • 鸛鵲楼
    山西省永済県の黄河を望む地に立っていた三層の楼 鸛鵲(こうのとり)がここに巣を作ったのでこの名があるという
  • 白 日
    太陽
  • 千里目
    千里の彼方まで見通せる眺望

鑑賞

  まるで上空から見るような雄大な華北の景色

 全対格の珍しい詩である。起句は太陽と山により華北の平原を描いた遠景で、承句は豊かな黄河の流れを読み込んだ近景である。白と黄、太陽と河、山と海、尽きると入るの対語も、読者の視点と感覚を一点にとどめておかない効果がある。鸛鵲楼の眼下で黄河は、北からの流れをほぼ直角に東に向かって変えるのである。この力強い、うねる龍のような動きを「海に入って流る」と言い込めたのであろう。いくらなんでも20メートルほどの楼から、黄河が海に流れ込む姿が見えるわけがないが、あまりに見事な対句から、ついつい実景をみているような錯覚に陥る。

 そして結句がいい。千里の眺望を極めようとしてもう一層上るのだといって、この詩はぷつんとここで切れている。たかが3~4メートル高い所に出ても、そんなに風景に変わりはないが、そうせざるを得なかったほど、作者にとって感動の風景があったのだ。あとは読者の想像に委ねられている。

 読者は飛行機から眺めたような華北の大地を想像している。空想が詩を超えるのである。この詩の良さはここに在る。

漢詩の小知識

  「全唐詩」とは

 唐代の詩をすべて集めた勅撰詩集。900巻。清の康煕帝(こうきてい)の命により、彭定求(ほうていきゅう)らが撰。1707年序刊。作者2千2百余人、詩数4万8千9百余首を収める。

詩の形

 仄起こり五言絶句の形であって、下平声十一尤(ゆう)韻の流、楼の字が使われている。この詩は全対格である。

結句 転句 承句 起句

作者

王之渙  688~742

  盛唐の詩人

 山西省新絳(しんこう)県の人。字は季陵(きりょう)。若い時は侠気に富み、酒に親しみ、学を好まなかったが、中年から心機一転して、学問に励んで詩人として名をなした。一時小役人をしたこともあったが、生涯の大部分を在野で過ごした。官途は文安(河北省)の県尉にとどまり、官舎で死んだ。王昌齢、高適と親しく、辺塞詩人として有名である。作品は「全唐詩」に6首を遺すだけである。享年55。