漢詩紹介

読み方

  •  春風 <白居易>
  • 一枝先ず発く 苑中の梅
  • 桜杏桃梨 次第に開く
  • 薺花楡莢 深村の裏
  • 亦道(ユ)う 春風 我が為に来ると
  •  しゅんぷう <はくきょい>
  • いっしまずひらく えんちゅうのうめ
  • おうきょうとうり しだいにひらく
  • せいかゆきょう しんそんのうち
  • またい(ユ)う しゅんぷう わがためにきたると

詩の意味

 春風は先ず宮中の庭園の梅の花を開花させ、ゆすら梅・杏・桃・梨と次第に開花させる。
 また山深い里では、なずなの花を咲かせ、にれの実のさやにも吹き渡る。すると私も、春風が私のために来てくれたのだと言い嬉しく思うのである。

語句の意味

  •  桜 
    中国ではゆすら梅(桜桃)バラ科
  • 薺 花
    なずなの花
  • 楡 莢
    にれの実のさや
  • 深 村
    山里
  •  道 
    言うに同じ

鑑賞

  自分にも来てくれた春風の恵

 自然派詩人の一面を見せている。起句に「苑中」とあるから長安に高官として任じていた50歳代の落ち着いたころの作かと思われる。前2句で、薄紫・白・薄紅など美しい色どりが宮中の華やいだ庭を想像させる。後半は山里の春景色である。長安城から郊外に出るには4・5キロメートルは歩かなければならないが、春風に誘われて出向いたのであろう。心地よい春風の恵を喜んでいる。

漢詩の小知識

  「白氏文集」(はくしもんじゅう)とはどんな本

 我々は通常白居易の詩集を「白氏文集」と言っているが正確ではない。彼の親友元稹(げんしん)の編集による「白氏長慶集」50巻、彼自身の編集による「白氏文集」25巻があるが一般にはこの2編を合わせて「白氏文集」と呼ぶ。全2800余首が収められている壮大な詩文集である。これらは「諷諭詩」=ふうゆし(政治の乱れと社会の混乱を風刺し、民衆の苦しみを歌う)「閑適詩」=かんてきし(足るを知るを喜びとし、名利に惑わされない閑寂な情を歌う)「感傷詩」(長恨歌に代表される。心の中に湧き起こる感情をそのまま歌う)「律詩」「その他」に分類されている。紫式部・菅原道真・清少納言など日本の平安文学に多大な影響を与えた。

備考

  唐詩選に採用されなかった白居易

 この詩は、「唐詩選」にも「唐詩3百首」「3体詩」「全唐詩」にも見えない。「白氏長慶詩」27巻に載っている。このように、季節を詠んだ佳詩も数多く残している。

詩の形

 平起こり七言絶句の形であって、上平声十灰(かい)韻の梅・開・来の字が使われている。転句と結句の平仄が逆になった拗体である。

結句 転句 承句 起句

作者

白居易  772~846

  中唐の政治家・詩人。

 名は居易、字は楽天、号は香山居士(こうざんこじ)。陝西省渭南(せんせいしょういなん)の人(太原の人ともいう)。家は代々官吏であった。早くから詩を作り、16歳で「春草の詩」、17歳で「王昭君」の作がある。貞元16年(800)の進士。同期の進士、元稹と深い親交があった。江西省九江の司馬に左遷されたこともあるが、ほぼ中央の官にあり、晩年は刑部尚書(法務大臣の格)にて没す。享年75。「長恨歌」「琵琶行」の大作を残す。「白氏長慶集」「白氏文集」等が我が国にも伝わり、平安文学に感化影響を与えた。