漢詩紹介

吟者:辰巳快水 中谷淞苑
2006年8月掲載
読み方
- 鳳凰臺<李白>
- 鳳凰臺上 鳳凰遊び
- 鳳去り臺空しゅうして 江自ずから流る
- 呉宮の花艸は 幽徑に埋もれ
- 晉代の衣冠は 古丘と成る
- 三山半ば落つ 青天の外
- 二水中分す 白鷺洲
- 總て浮雲の 能く日を蔽うが為に
- 長安見えず 人をして愁しましむ
- ほうおうだい<りはく>
- ほうおうだいじょう ほうおうあそび
- ほうさりだいむなしゅうして こうおのずからながる
- ごきゅうのかそうは ゆうけいにうもれ
- しんだいのいかんは こきゅうとなる
- さんざんなかばおつ せいてんのほか
- にすいちゅうぶんす はくろしゅう
- すべてふうんの よくひをおおうがために
- ちょうあんみえず ひとをしてかなしましむ
字解
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- 鳳凰臺
- 六朝(りくちょう)の宋の時代に、南京城の西南隅にある山に、美しい鳥がたくさん飛んで来て群舞した、五色のもよう、孔雀のような形、鳴き声の美しいその鳥を時の人は鳳凰と呼び、ここに高台を築いて鳳凰台と名付けたという
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- 江
- 長江
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- 呉宮
- 金陵(現在の南京)に都した三国時代の呉の宮殿
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- 花 艸
- 花や草
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- 幽徑
- しずかな小道 くらい小道
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- 古 丘
- 古い丘 古い墓
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- 三 山
- 金陵の西南にある山で 長江に臨み南北に三つの峰が並んでいるので三山とよばれる
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- 浮 雲
- 浮き雲 ここでは邪臣(じゃしん)
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- 日
- 太陽 ここでは玄宗皇帝
意解
昔鳳凰が鳳凰台上で遊んだというが、今は台もさびれてしまって、長江の水のみ自然に流れている。
三国時代呉の宮殿に咲いた花や草は小道に埋もれ、東晋の時代に豪奢な衣冠をまとい、権勢(けんせい)を誇った人達も今では、古い丘の土となってしまっている。
三山は、青天のかなたから半ば落ちかかるように高く峙(そばだ)ち、秦(しん)・淮(わい)の二水は二つに分かれて白鷺洲を挟んで流れている。
《今自分は讒言(ざんげん)にあって流刑(るけい)の身となり、辺境をさまよっているが》、邪臣(じゃしん)が玄宗皇帝の賢明さをふさぐように、浮雲が日をおおいかくしているために、都長安の方角もわからず、私の心を悲しませるのである。
備考
金陵の名勝鳳凰台を訪ね、昔の栄華のはかなさを感じ、今も変わらぬ自然の美しさに感動し、さらに長安を追放された身を嘆いて作られた詩である。
この詩は「登金陵鳳凰臺」と題するが、本会では、「鳳凰臺」と簡略にした。「唐詩三百首」「唐詩選」に所収されている。詩の構造は、平起こり七言律詩の形であって、下平声十一尤(ゆう)韻の遊、流、丘、洲、愁の字が使われている。第三句、第四句は平仄が逆で変格である。
尾聯 | 頸聯 | 頷聯 | 首聯 |
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作者略伝
李白 701-762
盛唐の詩人。杜甫と並び称される。蜀(しょく)の錦州彰明県(きんしゅうしょうめいけん)青蓮郷(せいれんきょう)の人で青蓮居士(せいれんこじ)と号した。幼にして俊才、剣術を習い任侠の徒と交わる。長じて中国各地を遍歴し、42歳より44歳まで玄宗(げんそう)皇帝の側近にあり、のち再び各地を転々とし多くの詩をのこす。安禄山(あんろくざん)の乱に遭遇して、罪を得たがのち赦される。62歳病のために没す。