漢詩紹介

読み方

  • 興を遣る<文天祥>
  • 東風草を吹いて 日高くして眠る
  • 試みに平生を把って 細かに天に問う
  • 燕子愁いは迷う 江右の月
  • 杜鵑聲は破る 洛陽の烟
  • 何ぞ林下に從って 元亮を尋ねん
  • 只塵中に向かって 魯連と作らん
  • 笑う莫れ道人 空しく打坐するを
  • 英雄収斂すれば 便ち神仙
  • きょうをやる<ぶんてんしょう>
  • とうふうくさをふいて ひたかくしてねむる
  • こころみにへいぜいをとって こまかにてんにとう
  • えんしうれいはまよう こううのつき
  • とけんこえはやぶる らくようのけむり
  • なんぞりんかにしたがって げんりょうをたずねん
  • ただじんちゅうにむかって ろれんとならん
  • わろうなかれどうじん むなしくだざするを
  • えいゆうしゅうれんすれば すなわちしんせん

字解

  • 遣 興
    物に感じて自分の思いをのべる
  • 東 風
    春風
  • 燕 子
    つばめ
  • 江 右
    子江の西方の地
  • 元 亮
    陶渕明の字(あざな)
  • 魯 連
    春秋時代斉の国の魯仲連 この世に秦帝国が出現するようなことがあれば吾れ死せんと慷慨した
  • 道 人
    世すてびと ここでは文天祥をさす
  • 打 坐
    単に坐すること 「打」は助字
  • 収 斂
    おさまる
  • 神 仙
    仙人

意解

 春風が草を吹いて、すでに太陽も高く昇っているのにまだ眠っている。この心地よい朝、あれこれと世の中の動きを清らかな天に向かって問うてみた。
 (今や皇室は衰微して江南地方にかたより)長江右岸の月夜には燕も愁い迷い、洛陽のもやの中では杜鵑の鳴き声も悲しく聞こえてくる。
 こうした時期に、どうして草深い田舎にこもって陶渕明を学ぶことが出来ようか。ただ、世事に奔走して魯仲連を学ぶべきだ。
 今はこうして浮世を離れ世すて人となっているのを、笑うて下さるな。空しく坐居して仙人のように見えても、ひとたび乗ずる機会があれば英雄は奮いたつ覚悟である。

備考

 この詩の構造は平起こり七言律詩の形であって、下平声一先(せん)韻の眠、天、烟、連、仙の字が使われている。

尾聯 頸聯 頷聯 首聯

作者略伝

文天祥 1236-1282

 南宋末の忠臣。廬陵(ろりょう=江西省)の人。吉州(きっしゅう)の人ともいう。字は宋瑞(そうずい)、号は文山。21歳で状元(じょうげん=官吏登用試験の進士主席)となる。43歳のとき元軍に捕らえられて燕京(えんきょう=北京)に送られたが、降伏勧告にも屈せず「正気歌」を作って忠節を表した。元主(げんしゅ)も文天祥の心を知りつつ処刑した。文天祥は遂に燕京の柴市(さいし=今の北京教忠坊)で「吾が事畢(おわ)れり」と刑吏に告げて死んでいった。年47。諡(おくりな)は忠烈。「文山集」20巻がある。