漢詩紹介

読み方

  • 咸陽城東の樓<許渾>
  • 一たび高城に上れば 萬里愁う
  • 蒹葭楊柳 汀洲に似たり
  • 溪雲初めて起こって 日閣に沈み
  • 山雨來らんと欲して 風樓に滿つ
  • 鳥は綠蕪に下る 秦苑の夕べ
  • 蝉は黄葉に鳴く 漢宮の秋
  • 行人問うこと莫れ 當年の事
  • 故國東來 渭水流る
  • かんようじょうとうのろう<きょこん>
  • ひとたびこうじょうにのぼれば ばんりうれう
  • けんかようりゅう ていしゅうににたり
  • けいうんはじめておこって ひかくにしずみ
  • さんうきたらんとほっして かぜろうにみつ
  • とりはりょくぶにくだる しんえんのゆうべ
  • せみはこうようになく かんきゅうのあき
  • こうじんとうことなかれ とうねんのこと
  • ここくとうらい いすいながる

字解

  • 咸 陽
    秦の都 西安の西北にあった
  • 蒹 葭
    おぎやあし
  • 汀 洲
    川の中洲
  • 綠 蕪
    荒れた緑の草原
  • 秦 苑
    秦の庭園
  • 漢 宮
    漢の宮殿
  • 渭 水
    黄河の大支流 甘粛省の西北に発し長安の北を流れて黄河に注ぐ

意解

 ひとたび高い城樓に登って周囲を眺めると万里の故郷への想いがひき起こされた。おぎやあし、柳の連なる風景は江南の川岸に似ているからだ。
 まず谷間から雲が湧き起こったかと思うと、はや日は閣(たかどの)の向こうに沈まんとし、風が樓いっぱいに吹きこんで来て、山の方から雨が降って来そうである。
 鳥が荒れた緑の草原に舞い降り、かつての秦の庭園は日が暮れてゆき、蝉が黄色く色づいた葉蔭で鳴いて、漢の宮殿あたりには秋が訪れている。
 旅人よ、昔の秦漢のことは聞かないでおくれ、この古い都で昔と変わらぬのは東へ流れてゆく渭水だけなのだから。

備考

 この詩は、秦の古都咸陽の城樓に登って、故郷を思い、かつて栄えた秦・漢に思いをはせ、唐王朝の行く末を憂えて作る。他の文献では「咸陽城の東樓」もある。
 詩の構造は、仄起こり七言律詩の形であって、下平声十一尤(ゆう)韻の愁、洲、樓、秋、流の字が使われている。

尾聯 頸聯 頷聯 首聯

作者略伝

許 渾 791-854

 晩唐の詩人。字は用晦(ようかい)。江蘇省丹陽県の人で高宗の宰相許圉師(きょぎょし)の子孫にあたる。進士となった後、 山西省太平の県令(県の長官)となったが、病気のため辞職。そののち宣宗の大中3年潤州の司馬から監察御史(検察官、官吏を取り締まる役)に 抜擢された。更に各地の刺史(州の長官)を歴任したが、晩年は郷里に隠棲した。格調の高い詩風の「丁卯(ていぼう)集」2巻がある。

参考

 首聯(一、二句)の意解について
許渾には懐古の情を抒べた律詩がたくさんあり、この詩を懐古詩とする解釈がある。(小川昭一・渡部英喜先生)
今一つは懐古に郷愁を重ねる解釈(前野直彬・松枝茂夫先生)がある。本会では後者をとりたい。懐古詩とすれば「一たび」「万里愁う」は何を意味するか。また「おぎやあし、柳が汀洲に似ている」では理解しにくい。「故郷の汀洲に似ている」ことで「一たび」「万里の愁い」と、とけ合って読者に感動を与えるように思えるからである。