漢詩紹介

読み方

  •  柔石を悼む  <魯迅>
  • 長夜に慣れて 春時を過ごし
  • 婦を挈え雛を将いて 鬢に糸有り
  • 夢裏に依稀たり 慈母の涙
  • 城頭に変幻す 大王の旗
  • 看るに忍びんや 朋輩の 新鬼と成るを
  • 怒って刀叢に向かって 小詩を覓む
  • 吟じ罷って眉を低れ 写す処無し
  • 月光は水の如く 緇衣を照らす
  •  じゅうせきをいたむ <ろじん>
  • ちょうやになれて しゅんじをすごし
  • つまをたずさえこをひきいて びんにしらがあり
  • むりにいきたり じぼのなみだ
  • じょうとうにへんげんす だいおうのはた
  • みるにしのびんや ほうばいの しんきとなるを
  • いかってとうそうにむかって しょうしをもとむ
  • ぎんじおわってまゆをたれ うつすところなし
  • げっこうはみずのごとく しいをてらす

語句の意味

  • 柔 石
    小説家 革命思想家 国民党政府によって銃殺された 北京大学での魯迅の教え子
  •  雛
    幼な子
  • 依 稀
    ほんのりと
  • 城 頭
    城壁の上
  • 変 幻
    変化の速やかなさま
  • 大 王
    ここでは国民党の蒋介石総統
  • 新 鬼
    最近の死者
  • 刀 叢
    剣の林
  • 緇 衣
    墨染の衣 「緇」は黒い

詩の意味

 人目を忍ぶ長い闇の生活にも慣れて、春を過ごしてきたが、妻を携え子供を引き連れて逃げ回るうちに、いつしか鬢に白いものが混じるようになった。

 夢の中に優しい母が私のために泣いている姿がほんのりと浮かんできたというのに、この町の城壁の上には威厳を振りまくかのように蒋介石軍の旗がいつのまにか翻っている。

 国を思う仲間が彼らの手によって次々に処刑されたことを、冷静に見ることができようか。私はその非道に対して憤怒の思いで、処刑執行人どもの剣の林の中に向かって短い詩を作ろうとした。

 さて、詩はでき吟じ終わっても、じっとうなだれたままいるが、それを書いて発表する場所がないのだ。夜空には月光が水のように清らかに輝き、私の黒い衣を照らしていた。

出典

 「忘却のための記念」(随筆集)

 「魯迅全集」に所収されている。

鑑賞

  憂国の士・魯迅とその教え子

 狭義的には教え子の銃殺を悼んでの詩であるが、当時の混乱する中国の将来を憂う、歴史的背景を忘れてはいけない。国民党の政策は、魯迅らにとっては人民の自由を奪う非道な暴政だったのだろう。

参考

  魯迅の年齢と主な出来事

1909 (28) 魯迅 日本から帰国

1911 (30) 辛亥(しんがい)革命起こる

1912 (31) 清滅亡 孫文の中華民国成立

1919 (38) 蒋介石による国民党樹立

1921 (40) 中国共産党結成 柔石入党

1925 (44) 毛沢東が中国共産党の主席に就任

1931 (50) 国民党による共産党弾圧作戦開始 家族と花園荘に身を隠す 2月7日柔石ら23人が銃殺される この詩の成立

1936 (55) 魯迅没

詩の形

 平起こり七言律詩の形であって、上平声四支(し)韻の時、絲、旗、詩と上平声五微(び)韻の衣の字が通韻されて使われている。

尾聯 頸聯 頷聯 首聯

作者

魯迅  1881~1936

 清末から中華民国初期の文学者

 浙江省紹興の人。本名は周樹人。早くに父を亡くした。南京の給費制の学校に入学。22歳で日本の仙台医学専門学校に留学したが中退し、進路を変え、東京で近代西洋思想を独学し、革命思想家としての道を歩む。明治42年帰国。1918年の「狂人日記」で一躍有名になった。儒教倫理からの解放、白話文学樹立を唱えた。46歳のころ蒋介石の国民党により共産党員弾圧事件が起こり、上海に逃れた。晩年の10年間は匿名で評論活動を続け、自由擁護のため人民的立場を固守した。享年56。