漢詩紹介

吟者:中島菖豊
2016年10月掲載

読み方

  • 草堂の東壁に題す<白居易>
  • 日高く睡り足りて 猶起くるに慵し
  • 小閣衾を重ねて 寒を怕れず
  • 遺愛寺の鐘は 枕を攲てて聽き
  • 香爐峰の雪は 簾を撥げて看る
  • 匡廬は便ち是 名を逃るるの地
  • 司馬は仍 老を送るの官と爲す
  • 心泰かに身寧きは 是歸する處
  • 故郷何ぞ獨り 長安にのみ在らんや
  • そうどうのとうへきにだいす<はっきょい>
  • ひたかくねむりたりて なおおくるにものうし
  • しょうかくきんをかさねて かんをおそれず
  • いあいじのかねは まくらをそばだててきき
  • こうろほうのゆきは すだれをかかげてみる
  • きょうろはすなわちこれ なをのがるるのち
  • しばはなお ろうをおくるのかんとなす
  • こころゆたかにみやすきは これきするところ
  • こきょうなんぞひとり ちょうあんにのみあらんや

字解

  • めんどうくさい
  • 小 閣
    小さなたかどの 小さな二階家
  • 夜具 ふとん
  • 遺愛寺
    香爐峰の北にあった寺
  • 香爐峰
    江西省九江市の南に廬山があり その北峰を香爐峰という 山容が香爐に似ているのでこの名あり
  • 匡 廬
    廬山の別名 周の時代匡俗(きょうぞく)という隠者が廬(いおり)を作って住んでいたので廬山とよばれた
  • 司 馬
    唐代州の軍事を司る官名
  • 歸 處
    安住の地
  • 何 獨
    どうして…だけであろうか 反語

意解

 日は高く昇り睡りも十分とったのにまだ起きるのがめんどうくさい。この小さな二階家でふとんを重ねているので寒さもおそれない。
 遺愛寺の鐘の音は寝たまま枕をかたむけて耳をすまして聞き、香炉峰に白く積った雪は手をのばし簾をおしあげて見る。
 廬山は俗世間の名声から隠れ住むにふさわしい場所であり、司馬という閑職も老人が余生を送るにちょうどよい。
 心安らかで身も無事であることこそ安住の地であり、長安だけが故郷ではない。

備考

 この詩は白居易が江州(江西省九江)司馬として左遷されていたとき817年(元和=げんわ=12年)香爐峰のもとに草堂を建て、その東壁に書きつけた詩である。46歳の作。
 「香爐峰下新卜山居草堂初成偶題東壁」(こうろほうかあらたにさんきょをぼくしそうどうはじめてなりたまたまとうへきにだいす)が本題であるが、本会では「草堂題東壁」と簡略にした。
 詩の構造は平起こり七言律詩の形であって上平声十四寒(かん)韻の寒、看、官、安の字が使われている。

尾聯 頸聯 頷聯 首聯

作者略伝

白居易 772-846

 中唐の大詩人。名は居易(きょい)、字は樂天、号は香山居士(こうざんこじ)、陝西(せんせい)省渭南(いなん)の人、太原(たいげん)の人(山西省)ともいう。家は代々官吏。早くから詩を作り、16歳「春草の詩」17歳「王昭君」の作あり。貞元(ていげん)16年(800)進士。元稹(げんしん)と親交あり、江西省九江の司馬に左遷されたこともあるが、ほぼ中央の官にあり、刑部尚書(ぎょうぶしょうしょ)にて没す。年75。「長恨歌」(ちょうごんか)「琵琶行」(びわこう)の大作あり。「白氏長慶集」(はくしちょうけいしゅう)「白氏文集」(はくしもんじゅう)など我が国にも伝わり、平安文学に感化影響を与えた。