漢詩紹介

読み方

  • 月夜<杜 甫>
  • 今夜 鄜州の月
  • 閨中 只だ獨り看るならん
  • 遙かに憐れむ 小兒女の
  • 未だ 長安を憶うを 解せざるを
  • 香霧 雲鬟濕い
  • 淸輝 玉臂寒からん
  • 何れの時か 虚幌に倚り
  • 雙び照らされて 涙痕乾かん
  • げつや<と ほ>
  • こんや ふしゅうのつき
  • けいちゅう ただひとりみるならん
  • はるかにあわれむ しょうじじょの
  • いまだ ちょうあんをおも(オ)を かいせざるを
  • こうむ うんかんうるおい
  • せいき ぎょくひさむからん
  • いずれのときか きょこうにより
  • ならびてらされて るいこんかわかん

字解

  • 鄜 州
    陝西省富県(長安の北で延安にほど近い)にある
  • 婦人の部屋
  • 手をかざして遠くを見る
  • 小兒女
    杜甫の幼い息子や娘たち 「兒」は男の子
  • 憶長安
    長安に囚われている父親の身の上を案ずる
  • 香 霧
    「香」は美称 香しい夜霧 秋の霧
  • 雲 鬟
    麗しく豊かな髪
  • 玉 臂
    「玉」は美称 美しい腕
  • 虚 幌
    誰もいない部屋のカーテン 「幌」は垂れ幕
  • 涙 痕
    涙の跡 この涙は離反を余儀なくされた二人の悲しみの涙であろう

意解

 今夜(家族が疎開している)鄜州に昇った明るい月を、妻は自分の部屋でひとり眺めていることだろう。
 私が遠いところから案じるのは、まだ幼い息子や娘たちが、長安に幽閉されている父の身の上に思いを馳せることのできないいとけなさである。
 一方、香しい夜霧に(窓辺でぼんやり月を眺めている)妻の麗しく豊かな髪はしっとりと濡れ、清らかな光を受けた妻の美しい腕は冷たく光っていることだろう。
 いったいいつになったら、誰もいない部屋のカーテンに二人寄りそって、ともに月光に照らされながら、これまでの悲しみの涙の跡が乾く時が来るのであろうか。

備考

 天宝14年(755)11月に安禄山の乱がおこり、翌年長安は破壊される。この詩は杜甫が家族を鄜州に疎開させ、自分は北方の肅宗のもとを訪れようとした折、反乱軍の手に落ち長安に幽閉されていたころの作品である。当時杜甫は45歳で、二男二女がいた。家族を思う情を詠っている。こに事件の後、彼は長安を脱出し、家族とともに流浪の旅に出るのである。頷聯、頸聯は対句であるが、前者は流水対(上下二句でひとまとまりの意味を示す)、後者は正対となっている。詩の構造は仄起こり五言律詩の形であって、上平声十四寒(かん)韻の看、安、寒、乾の字が使われている。「全唐詩」「唐詩三百首」に所収されている。

尾聯 頸聯 頷聯 首聯

作者略伝

杜甫 712-770

 盛唐の詩人で李白と並び称せられ、中国詩史の上で偉大な詩人である。字は子美(しび)。少陵(しょうりょう)または杜陵と号す。洛陽に近い鞏県(きょうけん)の生まれ。7歳より詩を作る。各地を放浪し私生活は窮乏を極め、安禄山の乱に賊軍にとらわれる。律詩に巧みで名作が多い。湖南省潭州(たんしゅう)から岳州に向かう船の中で没す。年59歳。李白の詩仙に対して、杜甫は詩聖と呼ばれる。