漢詩紹介

読み方
- 胡笳の歌<岑參>
- 君聞かずや胡笳の聲 最も悲しきを
- 紫髯綠眼の 胡人吹く
- 之を吹いて一曲 猶未だ了らざるに
- 愁殺す樓蘭 征戍の兒
- 涼秋八月 蕭關の道
- 北風吹斷す 天山の草
- 崑崙山南 月斜めならんと欲す
- 胡人月に向かって 胡笳を吹く
- 胡笳の怨み 將に君を送らんとす
- 秦山遙かに望む 隴山の雲
- 邊城夜夜 愁夢多し
- 月に向かって胡笳 誰か聞くを喜ばん
- こかのうた<しんしん>
- きみきかずやこかのこえ もっともかなしきを
- しぜんりょくがんの こじんふく
- これをふいていっきょく なおいまだおわらざるに
- しゅうさつすろうらん せいじゅのじ
- りょうしゅうはちがつ しょうかんのみち
- ほくふうすいだんす てんざんのくさ
- こんろんさんなん つきななめならんとほっす
- こじんつきにむかって こかをふく
- こかのうらみ まさにきみをおくらんとす
- しんざんはるかにのぞむ ろうざんのくも
- へんじょうやや しゅうむおおし
- つきにむかってこか たれかきくをよろこばん
字解
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- 胡 笳
- 胡人が吹く蘆の葉を巻いて作った笛
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- 君
- 唐の忠臣であり書家としても有名な顔真卿(がんしんけい=709-785)
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- 河 隴
- 河西(かさい=甘粛省武威)と隴右(ろうゆう=青海省西寧=さいねい)の略=備考欄で解説の本題にあり
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- 紫髯綠眼
- 赤ひげに青い眼の西域からきた異人の容貌
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- 胡 人
- 北方や西方の異民族
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- 愁 殺
- ひどく悲しませる 「殺」は強意の助字
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- 樓 蘭
- 漢代に新疆(しんきょう)ウイグル自治区のロブノール湖あたりにあった国
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- 征戍兒
- 遠征して辺塞の守備にあたった若い兵士
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- 蕭 關
- 今の寧夏(ねいか)回族自治区固原にあった関所 西域への交通の要衝
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- 吹 斷
- ふきすさぶ 「斷」は強意の助字
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- 天 山
- 河西回廊(かせいかいろう)の南に横たわる祁連(きれん)山脈
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- 秦 山
- 陝西省から甘粛省に続く山 秦嶺ともいう
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- 邊 城
- 辺境の町
意解
顔真卿君よ、聞きたまえ、胡笳のあの悲しい音色を。あれは赤いひげ青い眼をした胡人が吹いているのです。
笛がまだ一曲終わらないうちに、桜蘭地方の守備に赴く若い兵士達の心をひどく悲しませる。
今やすず風の吹く秋8月、君が行くであろう蕭關の道には北風が天山の草を吹きちぎらんばかりに吹きまくっているだろう。
また、崑崙山の南に月が傾きかける頃、胡人が月に向かって胡笳を吹きならすであろう。
今その胡笳の悲しい調べをはなむけに君の門出を送ろう。ここ秦山あたりから君が赴く隴山にかかる雲をながめながら。
あの雲の下あたり、辺境の町で君の結ぶ夢は望郷の愁いにとざされることだろう。そんな夜、月に向かって吹いている胡笳の音色を誰が喜んで聞くだろうか。
備考
この詩は送別の席で、胡人が余興として吹きならした胡笳の悲しい曲に心うたれた作者が、この詩を作って顔真 卿を送ったものである。「胡笳歌、送顔真卿使赴河隴」(胡笳の歌 顔真卿の使いして河隴に赴くを送る)が本題であるが、本会では「胡笳歌」と簡略にした。
詩の構造は古詩の形であって韻は
第一・二句・四句 上平声四支(し)韻の悲・吹・兒
第五・六句 上声十九皓(こう)韻の道・草
第七・八句 下平声六麻(ま)韻の斜・笳
第九・十・十二句 上平声十二文(ぶん)韻の君・雲・聞
の字が使われている。
作者略伝
岑 參 715-770
盛唐の詩人、南陽(河南省)の人。名門の出身で兄弟そろって秀才の誉れ高く、天宝3年(744)二番の成績で進士の試験に合格し、官を重ねて左補闕(さほけつ)、起居郎(ききょろう)となり嘉州(四川省)の刺史となる。のち職を辞して杜陵(とりょう)山中に隠棲し蜀で没した。辺塞詩人として知られている。「岑嘉州(かしゅう)集」七~八巻がある。