漢詩紹介

読み方

  • 虞美人艸(2-2)<曾鞏>
  • 三軍散じ盡きて 旌旗倒れ
  • 玉帳の佳人 座中に老ゆ
  • 香魂夜 劍光を逐うて飛び
  • 青血化して 原上の艸と爲る
  • 芳心寂寞として 寒枝に寄せ
  • 舊曲聞き來りて 眉を斂むるに似たり
  • 哀怨徘徊して 愁いて語らず
  • 恰も初めて 楚歌を聽きし時の如し
  • 滔滔たる逝水 今古に流る
  • 漢楚の興亡 兩つながら丘土
  • 當年の遺事 久しく空と成る
  • 慷慨尊前 誰が爲にか舞わん
  • ぐびじんそう<そうきょう>
  • さんぐんさんじつきて せいきたおれ
  • ぎょくちょうのかじん ざちゅうにおゆ
  • こうこんよる けんこうをおうてとび
  • せいけつかして げんじょうのくさとなる
  • ほうしんせきばくとして かんしによせ
  • きゅうきょくきききたりて まゆをおさむるににたり
  • あいえんはいかいして うれいてかたらず
  • あたかもはじめて そかをききしときのごとし
  • とうとうたるせいすい こんこにながる
  • かんそのこうぼう ふたつながらきゅうど
  • とうねんのいじ ひさしくくうとなる
  • こうがいそんぜん たがためにかまわん

字解

  • 三 軍
    大軍 項羽の軍隊
  • 旌 旗
    軍旗
  • 玉 帳
    玉のとばり 美しいとばり
  • 香 魂
    美人の魂 ここでは虞美人の霊魂
  • 舊 曲
    項羽が垓下で漢軍に囲まれた時 虞美人が項羽に唱和した曲 項羽は四方で楚歌を聞き「垓下の歌(力山を抜き気世を蓋=おお=う 時利あらず騅=すい=逝=ゆ=かず 騅の逝かざる如何すべき 虞や虞や若=なんじ=を如何せん)」を歌い これに虞美人が「漢の兵已に地を略(おか)し 四方楚歌の声 大王意気尽きたり 賤妾(せんしょう)何ぞ生を楽しまん」と唱和したという
  • 楚 歌
    楚地方の歌 項羽が垓下で漢軍に囲まれた時 漢軍がしきりに楚の歌を歌うのを聞き 楚の人民が既に漢に降伏したかと嘆いた この故事により四面楚歌は四方皆敵を意味する
  • 尊 前
    酒樽の前

意解

 項羽の軍は四方に散り失せ、軍旗は地に倒れ、玉をちりばめたような立派な帳の中の美人もやつれ果ててしまった。
 自刃して果てた虞美人の魂は、夜剣光を追うように飛び去り、生々しい血潮は土を染め野原の花と化した。
 その芳しい魂は、寂しげに野原の寒ざむとした草に寄りそい、世の人々が虞美人の曲を歌うと、草の葉は人が眉をひそめて悲しんでいるようである。
 また風に揺らぐさまは哀れみ怨みを語ることもなく、あたかも虞美人が初めて垓下で四面楚歌を聞いた時のようである。滔々と流れ行く川の水は今も昔も変わりなく流れているが、興亡をきわめた漢や楚は今や丘の土と化してしまった。
 当時の出来事はすべて空しくなり、ただこの草が悲しみ嘆くように樽前で舞っているが、誰のために舞うのであろうか。同情に堪えないものである。

備考

 この詩は儒教思想の立場から、楚の項羽を批判しその最期を哀れむと共に、これに殉じた虞美人に同情をよせて作られたものである。
 詩の構造は七言古詩の形であって、四句一解で五解から成り、解ごとに換韻している。
  第一解 入声九屑(せつ)韻の雪、血、滅
  第二解 下平声七陽(よう)韻の王、亡、粧
  第三解 上声十九皓(こう)韻の倒、老、艸
  第四解 上平声四支(し)韻の枝、眉、時
  第五解 上声七麌(ぐ)韻の古、土、舞
 の字が使われている。

作者略伝

曾 鞏 1019-1083

 北宋の文章家、政治家。字は子固(しこ)。江西省南豊の人。歐陽修、王安石も曾鞏と同じく江西省の出身で、曾鞏は王安石と親しく、王安石を歐陽修に推薦したのは曾鞏である。散文の大家として著名で歐陽修、王安石と共に唐宋八大家に数えられている。1057年の進士で晩年に至って中書舎人となったが、わずか1年で没した。年65。

参考

虞美人艸とひなげし
 項羽の歌に和して自殺した虞美人の墓上の草(ひなげし)を、後人があわれんで虞美人草と呼んだ。虞美人の精血が化して草花となったといわれる。「夢渓筆談(ぼうけいひつだん)」という書に「虞美人草の前で人が呉音で虞美人曲を奏すると枝葉が動き他の曲では動かないというので試したらその通りになった」と述べている。