漢詩紹介

読み方

  • 月夜客と杏花の下に飲む<蘇東坡>
  • 杏花簾に飛んで 餘春を散ず
  • 明月戸に入りて 幽人を尋ぬ
  • 衣を褰げ月に歩して 花影を踏めば
  • 炯として流水の 青蘋を涵すが如し
  • 花閒に酒を置けば 清香發し
  • 爭でか長條を挽きて 香雪を落とさん
  • 山城酒薄く 飲むに堪えざらん
  • 君に勸む且く吸え 杯中の月
  • 洞簫聲は斷ゆ月明の中
  • 惟だ憂う月落ちて 酒杯の空しからんを
  • 明朝地を捲いて 春風惡しくば
  • 但だ見ん綠葉の 殘紅を棲ましむるを
  • げつやきゃくときょうかのもとにのむ<そとうば>
  • きょうかれんにとんで よしゅんをさんず
  • めいげつこにいりて ゆうじんをたずぬ
  • いをかかげつきにほして かえいをふめば
  • けいとしてりゅうすいの せいひんをひたすがごとし
  • かかんにさけをおけば せいこうはっし
  • いかでかちょうじょうをひきて こうせつをおとさん
  • さんじょうさけうすく のむにたえざらん
  • きみにすすむしばらくすえ はいちゅうのつき
  • どうしょうこえはたゆ げつめいのうち
  • ただうれうつきおちて しゅはいのむなしからんを
  • みょうちょうちをまいて しゅんぷうあしくば
  • ただみんりょくようの ざんこうをすましむるを

字解

  • 幽 人
    世を捨て隠れ住んでいる人 隠者
  • 褰 衣
    水を渡る時衣のすそを濡れないようにからげる動作
  • 明らかなさま
  • 涵青蘋
    水草をひたす
  • どうして どのように
  • 長 條
    木の長い枝
  • 香 雪
    白い花の形容 ここでは杏の花をさす
  • 山 城
    山にある町 いなかの町
  • 洞 簫
    管楽器 尺八に似た竹製の吹奏楽器
  • 捲 地
    大地の砂塵をまきあげる強い風の吹くさま
  • 殘 紅
    散り残っている赤い花

意解

 すだれにはらはらとふりかかる杏の花びらに、のこりの春の散らされてゆく今宵ー、戸口からさしこむ明月が、世をわびて住まう主のまろうどとなった。庭に歩み出た私は、思わず衣のすそをかかげて、地上にちらついている花影の中に踏みこんだ。その影はあまりにくっきりと鮮かで、青いうきぐさが、流水のひたひたとよせる波にもてあそばれているさま、さながらであったからである。
杏の樹の花かげに酒を汲めば、酒から清らかな香りが漂ってくる。なにも杏の樹の長い枝を手でたわめて、香りたかい雪のような花弁を杯中に落すことはない。それにしても山あいのまちの酒はうすくてお口にあうまいから、君にはまあ杯中の月を飲んでいただこう。
 (洞簫を吹いていた兄弟も杯をとった)洞簫の音がぴたっとやんだ。あとに残るのは、しらじらとさえわたる月光ばかり。そうだ、いずれ月も落ち酒杯も傾けつくすときがくる。その時味わわねばならぬ空しさが今から気がかりだ。明朝、春につきもののいとわしい強風が、砂塵をまきあげて吹きまくるなら、この杏の樹ももう、散り残った紅の花が、いきおいのよい緑の葉の中に、遠慮ぎみにすみかを与えられているにすぎないであろう。

備考

 この詩の構造は七言古詩の形であって、押韻は1~4句まで上平声十一真(しん)韻の春、人、蘋、5~8句は入 声(にっしょう)六月(りくげつ)韻の發、月、九屑(せつ)韻の雪、9~12句は上平声一東(とう)韻の中、空、紅の字が使われている。
 詩題は「月夜與客飲酒杏花下」として酒の字を加えているものも有る。
 この詩は、作者が元豊(げんぽう)2年(1079)の春、徐州にいた時の作で、蘇東坡の官舎に寄寓していた王子立(おうしりつ)・王子敏(おう しびん)の兄弟と、蜀から来た客の張師厚(ちょうしこう)の3人とともに、春の夜、花間で酒盛りをしたことを歌ったもの。

作者略伝

蘇東坡 1036-1101

 北宋第一の詩人、名は軾(しょく)、字は子瞻(しせん)、東坡は号。父洵(じゅん)、弟轍(てつ)と共に 文学者にして三蘇といわれた。四川省眉山(びざん)県紗穀行(さこくこう)の生まれ。幼にして 道教的教育をうけ、上京して官途につく。中央、地方の官を歴任しその間度々流謫(るたく)された。 官は礼部尚書(れいぶしょうしょ)に至る。江蘇省常州において没す。死後、文忠公(ぶんちゅうこう)と諡 (おくりな)される。