漢詩紹介

CD②収録 吟者:藤本曙冽
2014年12月掲載
読み方
- 川中島<頼山陽>
- 鞭声粛粛 夜河を過る
- 曉に見る千兵の 大牙を擁するを
- 遺恨なり十年 一剣を磨き
- 流星光底 長蛇を逸す
- かわなかじま<らいさんよう>
- べんせいしゅくしゅく よるかわをわたる
- あかつきにみるせんぺいの たいがをようするを
- いこんなりじゅうねん いっけんをみがき
- りゅうせいこうてい ちょうだをいっす
詩の意味
(上杉謙信の軍は)鞭の音もたてないように静かに、夜に乗じて川を渡った。明け方、武田信玄方は、上杉の数千の大軍が大将の旗を立てて、突然面前に現れたのを見て、大いに驚いた。
しかし、まことに残念なことには、この十数年来、一剣を磨きに磨いてきたのに、打ち下ろす刃(やいば)がキラッと光る一瞬のうちに、あの憎い信玄を打ちもらしてしまった。
鑑賞
宿敵の両軍ついに勝敗は決まらず
本題は「不識庵機山を撃つの図に題す」と言います。
世は戦国時代。両雄は川中島で天下制覇を目指して激突しました。謙信の刃を鉄扇で防いだ信玄はまんまとこの危機を脱しました。長年にわたって勝利に備えたにもかかわらず大敵を逃した謙信の悔しい呻きが聞こえてきそうです。日本戦史に残る名場面です。
語句の意味
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- 粛 粛
- もの静かなさま
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- 大 牙
- 上杉軍の大将の旗印
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- 擁
- 抱きかかえる 持つ
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- 遺 恨
- 残念な
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- 流星光底
- 流星の飛ぶ如く剣を抜いて切り下げた時の光
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- 長 蛇
- 目指す大敵 ここでは信玄を指す
詩の形
平起こり七言絶句の形であって、下平声五歌(か)韻の河と下平声六麻(りくま)韻の牙、蛇の字が通韻として使われている。
結句 | 転句 | 承句 | 起句 |
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作者
頼 山陽 1780-1832
江戸後期の学者・漢詩人
広島県竹原市の人で、安芸藩儒者春水の長男として生まれた。少年時代から詩文を得意とし周囲を驚かせた。18歳で江戸の昌平黌学問所で学んだ。ただ素行に常軌を逸脱することが多く、最初の結婚は長く続かず家族を悩ませた。21歳で京都に走ったため、脱藩の罪で4年間自邸に幽閉された。しかしこの間読書にふけり、のちの「日本外史」の案がなったといわれる。32歳ごろから京都に定住し、「山紫水明処」という塾を開き子弟の育成と学問に励んだ。子供に安政の大獄で処刑された三樹三郎がいる。享年53歳。