漢詩紹介

吟者:池田菖黎
2011年1月掲載[吟法改定再録]

読み方

  • 天の橋立<釈希世>
  • 碧海の中央六里の松
  • 天橋の絶景是仙蹤
  • 夜深くして人は龍燈の出ずるを待つ
  • 月は落ち文殊堂裏の鐘
  • あまのはしだて<しゃくきせい>
  • へきかいの ちゅうおう ろくりのまつ
  • てんきょうの ぜっけい これせんしょう
  • よるふかくして ひとはりゅうとうの いずるをまつ
  • つきはおち もんじゅどうりのかね

詩の意味

 あおあおとした海の真ん中に6里も続いている松並木、これが天橋立の勝景で、仙人の住んでいた跡であるという。
 夜も更けて龍燈の出るのを待っていると、折から月が落ちて、文殊堂の鐘の音が水を渡って聞こえてくる。

語句の意味

  • 碧 海
    あおあおとした海
  • 六里松
    当時6町を1里と考えた 1里は約4キロであるが実際は約3キロの松並木
  • 天 橋
    天橋立 日本三景の一 京都府宮津市にある
  • 龍 燈
    竜宮の燈火 海中の燐光が灯火のように連なって現れるもの
  • 文殊堂
    文殊菩薩を安置した仏堂 天橋立の南にある

鑑賞

一晩中眺めても尽きない天橋立の魅力

 3キロメートルにわたって約8千本の黒松が並ぶ。多くの人が訪れた天橋立はまさに天の作る業にして奇景である。股のぞきに一層妙味があるといわれて、観光客の多くがやっている。まことに不思議な砂浜で、ここに仙人が住んでいたといわれればそうかもしれない地形である。作者は若くして仏門に入った人であり、深夜まで龍燈のあらわれるのを待つという行動は、多分に詩的であり、宗教的でさえある。有明海によく見られるという龍燈を仙人が住む天橋立の海に待つという、作者の洒脱さを味わいたい。

備考

日本三景に共通する四つの要素

 「厳島」「松島」とこの詩を併せ見ると共通するものがある。
 ①まず海の風景であること。
 ②夜が主たる場面であること。
 ③月が昇っていること。
 ④鑑賞時刻が深夜に及ぶこと。
 偶然なのであろうか。多くの人にとっては昼間こそ、青空のもと、松や島や海の自然の風物の美しい色合いと配置の見事さなどに、名画に向かうように心を奪われるのではないかと思われるが、詩心が足りないのであろうか。

参考

菩薩とは

 悟りを開いて衆生を救おうとする修行者。仏の次に位する。文殊菩薩=釈迦如来の左にあって知恵をつかさどる菩薩。獅子に乗っている。普賢(ふげん)菩薩=あまねく衆生を救済する菩薩。釈迦如来の右にあって白い象に乗る。

詩の形

 仄起こり七言絶句の形であって、上平声二冬(とう)韻の松、蹤、鐘の字が使われている。

結句 転句 承句 起句

作者

釈 希世 1404-1489
室町時代の僧侶・詩人・五山文学者

 応永11年、京都に生まれる。8歳にして将軍足利義持に伴われて後小松天皇にまみえ、詩を賦し名声を博す。17歳にして剃髪(ていはつ)。建仁寺(けんにんじ=京都市東山区にある臨済宗建仁寺派の大本山)・南禅寺(京都市左京区にある臨済宗の大本山)の高僧、江西(こうさい)に学ぶ。南禅寺に聴松庵を建て終生ここに住んだ。延徳元年に没す。享年86