漢詩紹介

吟者:山口 華雋
2005年3月掲載

読み方

  •  太田道灌  <愛敬 四山>
  • 孤鞍雨を衝いて 茅茨を叩く
  • 少女為に遺る 花一枝
  • 少女は言わず 花語らず
  • 英雄の心緒乱れて 糸の如し
  •  おおたどうかん  <あいけい しざん>
  • こあんあめをついて ぼうしをたたく
  • しょうじょためにおくる はないっし
  • しょうじょはいわず はなかたらず
  • えいゆうのしんしょみだれて いとのごとし

詩の意味

 太田道灌が武蔵野に狩りに出た折り、にわか雨にあい、家来達ともはぐれてしまった。おりよく茅ぶきの家があり、蓑を借りたいと頼んだが、出てきた少女が無言のまま、山吹の一枝を差しだした。
 少女も語らず、花も語らず、道灌は意味がわからず、けげんに思ったまま城に帰った。後、古歌の由来を聞き、多いに恥じて歌道に精進した。

語句の意味

  • 太田道灌
    室町時代中期の武将・歌人 築城や軍略に優れ江戸城の築城者として名高い 名は持資(もちすけ) 法名は道灌
  • 孤 鞍
    ひとつの鞍(くら) 転じて従者も連れず一人で馬に乗っていく人
  • 茅 茨
    かやぶきの家
  • 花一枝
    八重の山吹の花の一枝
  • 心 緒
    心中の思い

鑑賞

 失敗は歌道上達の母

 太田道灌の有名な逸話を描いた図に題した漢詩である。山吹の花を手にして、さてどうしたものかと思案している姿が面白い。この話は「常山紀談」(じょうざんきだん)という書物にある。「太田左衛門大夫持資は上杉定正の家臣なり。鷹狩りに出でて雨に遭ひ、ある小屋に入りて『蓑を借らん』といふに、若き女の何ともものをいはずして、山吹の花の一枝を折りて出だしければ、『花を求むるにあらず』とて、怒りて帰りしに、これを聞きし人の、『それは、七重八重花は咲けども山吹のみの一つだになきぞ悲しき、といふ古歌の意なるべし』といふ。持資おどろきて、それより歌に心を寄せけり」とある。道灌が「(山吹には)実の一つ無き」と「蓑が無い」の掛け詞(かけことば)をその時は気付かなかったのだろう。奥ゆかしい少女の気持ちを知るとともに自分の無学を恥じた。このこと以来、道灌は歌の道に精進したという美談になっている。寓話であろうけれども、この話をつくりあげた先人の心ざまは、まことにゆかしい限りである。歌道修行上の失敗談の一つとして創作されたともある。

備考

 この歌は「後拾遺和歌集」巻十九に同趣の詞(ことば)書きとともに載っている。本題は「題太田道灌借蓑図」(太田道灌蓑を借るの図に題す)であるが、本会では「太田道灌」と簡略にした。また作者についても遠山雲如(うんじょ)、大槻磐渓、新井白石、愛敬四山説などあって、作者不明とする解説書も多数ある。江戸城を築いた道灌は有名である。

漢詩の小知識

 和歌の掛け詞について

 和歌の修辞法の一つで、同音異義語を用いて一つの言葉に二つの意味を持たせ、歌意の領域を広げる効果がある。

 (例) うし(憂し・宇治)  まつ(松・待つ)   はる(春・張る)

     ふみ(踏み・文)   よる(夜・寄る)   あき(秋・飽き)

詩の形

 平起こり七言絶句の形であって、上平声四支(し)韻の茨、枝、絲の字が使われている。同一詩内に「少女」「花」を二度用いているのは、同字重出を忌むの原則に外れていて好ましくないが意味の強調、詩情内容の拡大など特殊な効果をねらっての使用はその限りでない。

結句 転句 承句 起句

作者

愛敬四山  1802~1852

 江戸後期の学者・詩人・教育者

 享保2年に肥後の国(熊本県)に生まれる。名は武元(たけもと)、号を四山、白雲楼、華奴(かど)、蕉日(しょうじつ)、通称は四郎次と呼ぶ。藩校の時習館で教授となり、詩を善くした。嘉永5年12月没す。享年51。著書に「鶏肋(けいろく)集」「白雲楼集」などの詩集がある。