漢詩紹介

読み方

  •  三樹の酒亭に遊ぶ <菊池 渓琴>
  • 烟濃やかに山淡くして 晴沙に映ず
  • 日落ちて春楼 細雨斜めなり
  • 朦朧たり 三十六峰の寺
  • 箇箇の鐘声 緩やかに花を出ず
  •  さんじゅのしゅていにあそぶ <きくち けいきん>
  • けむりこまやかにやまあわくして せいさにえいず
  • ひおちてしゅんろう さいうななめなり
  • もうろうたり さんじゅうろっぽうのてら
  • ここのしょうせい ゆるやかにはなをいず

詩の意味

 (春の一日、親しい友と京都鴨川のほとり三本木の料亭で遊んだが)窓から見る眺めは靄(もや)が濃く立ちこめて、山の姿も淡く鴨の河原に映っている。折しも日は落ちて春の楼に小雨が斜めに降りだした。
 おぼろに霞(かす)む東山三十六峰の寺々から打ち出だす入相(いりあい)の鐘の音は、一つ一つ緩やかに花の雲間から洩れ聞こえてくるのである。

語句の意味

  • 三樹酒亭
    京都三本木の料亭
  • 晴 沙
    晴れた砂 ここでは鴨川の砂
  • 春 楼
    春の料亭の高殿
  • 朦 朧
    おぼろに見えるさま
  •  花 
    桜の雲間

鑑賞

  山と川と寺と桜 それに高級料亭が京都らしい

 春雨の煙る京都東山の晩景を詠じたもので、作者50歳ごろの作と言われている。起句はまだ陽の沈まない午後で、遠くの山は靄で煙るが、窓の下の鴨川の河原には明るい陽が射している。承句で夕暮れとなり、転句ではもう少し時刻が進んで入相の鐘が聞こえる、というふうに時間の推移の中で古都の景色を楽しんでいる作者がいる。山にかかる霞、小雨、寺々の鐘、晴れた砂などという語句は漢詩によく用いられる詩語である。静かな京都にもよく似合う。また書かれていないが、鴨川べりの高楼となると八坂神社や平安神宮の灯篭の明かりや、提灯の光に映し出された鴨川の花堤が目に入っていると考えるのが普通である。さらに鐘の音も、どこかの寺からというのでなく、古刹の知恩院や南禅寺などの名鐘を意識しながら聴いているはず。この詩の中にそういう京都の古くからの名所が読み込まれていることを知って鑑賞すれば、作者の思いに近づけるのではないか。

備考

 この詩の本題は「三樹酒亭にて摩島子毅と同じく賦す」であるが、本会では「三樹の酒亭に遊ぶ」と改題した。

漢詩の小知識

 「三十六」は数えきれないほど多くという意味

(例)三十六宮=漢の宮殿の多いこと
   三十六峰=京都東山連峰 中国五岳の一つ崇山の峯
   三十六計=孫子の兵法にあるさまざまな計略
   三十六灘=瀬戸内海の多くの灘
   三十六湾=多く入り組んだ川岸や海岸

詩の形

 平起こり七言絶句の形であって、起・承句は平起式の声律で、転・結句は仄起式の声律で作られ、平仄が逆なので拗体である。下平声六麻(ま)韻の沙、斜、花の字が使われている。

結句 転句 承句 起句

作者

菊池渓琴  1799~1881

  江戸末期・明治初期の豪農・漢学者

 紀州(和歌山県)有田郡栖原村に生まれる。名は保定(やすさだ)、字は士固とか孫助。渓琴はその号。大窪詩仏に学び、詩を善くし、佐藤一斎、頼山陽、広瀬旭荘、安積艮斉、梁川星巌、藤田東湖、佐久間象山など一流の士と親交があった。名節を尊び、武芸を好み、海防の急務を建言した。明治14年東京で没す。享年83。著書に「秀餐楼集=しゅうさんろうしゅう」「渓琴山房集」「海荘集」などがある。