漢詩紹介

読み方
- 冬夜書を読む <菅 茶山>
- 雪は山堂を擁して 樹影深し
- 檐鈴動かず 夜沈沈
- 閑かに乱帙を収めて 疑義を思う
- 一穂の青灯 万古の心
- とうやしょをよむ <かん ちゃざん>
- ゆきはさんどうをようして じゅえいふかし
- えんれいうごかず よるちんちん
- しずかにらんちつをおさめて ぎぎをおもう
- いっすいのせいとう ばんこのこころ
詩の意味
雪が山中の家を埋め、樹木も雪に深く覆われている。風も止み軒の風鈴も動かず、夜は沈々とふけてゆく。
静かにとり散らかした書物を整理しながら、疑問の箇所を考え続けていると、稲穂のような青白い灯火が、大昔の聖賢の心を照らし出してくれるように思われる。
語句の意味
-
- 山 堂
- 山の中の住まい 作者の住居
-
- 擁
- 埋めるようにとり囲む
-
- 樹影深
- 樹木も雪に深く覆われている
-
- 檐 鈴
- 軒につるした風鈴
-
- 乱 帙
- とり散らかした書 「帙」は書物を包む覆い袋
-
- 一 穂
- 一つのともし火 形が穂先に似ているのでいう
鑑賞
読書人のみ知る満足感
詩というものは現実に照らし合わせると合点のいかないことが多い。たとえばこの詩。山陽地方に家を埋めるほどの雪は降らない。久方ぶりの大雪を誇張して「雪は山堂を擁す」と表現したと考えてよい。もう1つは「山堂」。茶山の暮らした住居や廉塾(れんじゅく)は旧山陽道沿いの神辺の町の平地に在り、山中にあったわけではない。これも自然に抱かれた閑居の風情を脚色したものである。このように誇張や空想はその趣だけを感じ取って、その矛盾点をあまり追及しないのが良い。
さて勉学の詩としては、中国ものを除けば、この詩か広瀬淡窓の「桂林荘雑詠」が定着している。若いうちに勉学に励まないと大成しないぞ、という日本人好みの説教型が多いが、茶山の詩はそれがない。純粋に読書人のみが知り得る満足感。それは時代を隔てた聖賢の思想に触れる喜びであり満足である。たった1本の燈火がその喜びを与えてくれるという。読者にとっても身の引き締まる締めくくりである。
参考
漢詩を間接的に菅茶山から学んだ大正天皇の詩
秋夜読書 大正天皇
秋夜漫漫意自如
西堂の点滴雨声疎なり
座中偏に覚ゆ涼気多きを
一穂の灯光古書を繙く
茶山の詩とよく似ているが偶然であろうか。
詩の形
仄起こり七言絶句の形であって、下平声十二侵(しん)韻の深・沈・心の字が使われている。
結句 | 転句 | 承句 | 起句 |
---|---|---|---|
作者
菅 茶山 1748~1827
江戸時代中期から後期の学者・漢詩人・教育家。
寛延元年、備後神辺(広島県福山市)に生まれる。生家は裕福な農家で造酒業も営んでいた。名は晋帥(しんすい)、字は礼卿(れいきょう)、茶山はその号。京都に遊学し、のち郷里に塾を開き、生涯を子弟の教育に捧げた。その塾を「廉塾」といい、住居を「黄葉夕陽村舎=こうようせきようそんしゃ」と名づけた。福山侯の援助もいただけるほど評価も高まり、頼山陽・梁川星巌夫妻・広瀬旭荘など著名人が訪れている。文政10年8月没す。享年80。著書に「黄葉夕陽村舎詩(前後編)」その他多数ある。