漢詩紹介

読み方

  • 江上の船<嵯峨天皇>
  • 一道の長江 千里に通ず
  • 漫漫たる流水 行船を漾わす
  • 風帆遠く沒す 虚無の裡
  • 疑うらくは是仙査の 天に上らんと欲するかと
  • こうじょうのふね<さがてんのう>
  • いちどうのちょうこう せんりにつうず
  • まんまんたるりゅうすい こうせんをただよわす
  • ふうはんとおくぼっす きょむのうち
  • うたごうらくはこれせんさの てんにのぼらんとほっするかと

字解

  • 長 江
    ここでは淀川
  • 行 船
    水上を行く船
  • 水に浮かんだ船がゆれ動く
  • 風 帆
    風を受けてはらんだ帆
  • 虚 無
    なにもない ここでは大空
  • 仙 査
    仙人の乗ったいかだ

意解

 河陽(かや)離宮から眺めると淀川が遥か遠くまで続き、その広く豊かな水の流れに船がゆれ動きながら進んでいる。
 風を受けてはらんだ帆船が大空に消えてゆく光景は、仙人の乗ったいかだが、天に上ってゆくのではないかと思われる。

備考

 河陽離宮は嵯峨天皇によって開設された離宮で、現在の京都府乙訓(おとくに)郡大山崎町にあったとされる。
 この詩の構造は仄起こり七言絶句の形であって、下平声一先(せん)韻の船、天の字が使われている。起句は踏み落としになっている。
 なお起句が二六同になっていないので拗体である。「文華秀麗集」(巻下)に所収されている。

結句 転句 承句 起句

作者略伝

嵯峨天皇 786-842

 第52代の天皇。平安朝初期の漢詩人で書家。御名(ぎょめい)は神野(かみの)、第50代桓武(かんむ)天皇の第二皇子として降誕された。幼時より聡明で読書を好み、博く経史(けいし)に通じ、詩文に長ぜられ、書芸にも精(くわ)しく、僧空海、橘逸勢(たちばなのはやなり)と共に三筆と称された。また仏道にも帰依(きえ)せられ東寺を空海に賜いて真言宗の根本道場とさせた。文化の興隆に努められると共に諸式、諸官をも設けた。これによって平安朝の制度文物(法律、学問、芸術、宗教)は備わった。御歳(おんとし)24歳で即位され御在位14年、皇位を淳和(じゅんな)天皇に譲られ、承和(じょうわ)9年7月15日、57歳で嵯峨院(今の大覚寺)で崩御された。御陵は嵯峨山上陵(さがのやまのえのみささぎ 京都市右京区)。