漢詩紹介

CD①収録 吟者:中谷淞苑
2014年10月掲載

読み方

  • 一谷懐古<梁川星巖>
  • 二十餘春 夢一空
  • 豪華吹き散ず 海𤲬の風
  • 山は殺気を排して 参差出で
  • 潮は冤聲を迸らして 日夜東す
  • 憶う昔満宮 去鷁を悲しみ
  • 往時を將って 飛鴻に問わんと欲す
  • 斕斑剩え見る 英雄の血
  • 塹樹鵑啼いて 朶朶紅なり
  • いちのたにかいこ<やながわせいがん>
  • にじゅうよしゅん ゆめいっくう
  • ごうかふきさんず かいぜんのかぜ
  • やまはさっきをはいして しんしいで
  • うしおはえんせいをほとばしらして にちやひがしす
  • おもうむかしまんきゅう きょげきをかなしみ
  • おうじをもって ひこうにとわんとほっす
  • らんぱんあまつさえみる えいゆうのち
  • ざんじゅけんないて だだくれないなり

字解

  • 一谷
    六甲山地の南西端あたりに位置する鉄拐山東側斜面
  • 二十餘春
    平家一門が栄華を極めたていた二十五年間
  • 豪華
    ここでは平家の栄華と一の谷の海(須磨海岸)に浮かんだ多くの船群の強大さも形容する
  • 海𤲬風
    海岸から吹き付ける風 源氏軍の勢いをさす
  • 参差
    長短不揃いで凸凹に並んでいるさま
  • 冤聲
    恨みの声 ここでは平家の恨みの声
  • 作者が思う 「昔」から「去鷁」までかかる
  • 満宮
    安徳天皇の御名
  • 去鷁
    天皇の船が西に逃れる去ること 「鷁」は鷺に似た鳥の名で天子の船はこの鳥を船首に描いていた
  • 斕斑
    まだらなさま ここではツツジの花の色
  • その上 おまけに
  • 塹樹
    塹壕(ざんごう)の畔にある樹木 塹壕は平家が掘った穴
  • 朶朶
    樹木の枝が垂れ下がっているさま

意解

 二十余年の間栄華を誇った平家の夢は、全く空しいものとなり、多くの強大な軍船も海岸から吹きつける風(源氏の勢い)によって吹き散らされてしまった。
 今では鉄拐山は当時の殺気を振り払い、その山谷は凸凹並んで海にせり出しており、須磨の海は敗れた平家の恨みの声をまき散らしているかのように鳴り、一日中東に流れている。
 その昔幼い安徳天皇は御座船で西に去らなければならなかったのを悲しまれたのではないかと思うにつけ、飛んでいる鴻(おおとり)に当時のことを尋ねてみたいと思うのであるが叶わない。
 (合戦で多くの兵士が血を流して死んだことを思うと、今山肌に咲き誇る)真っ赤なツツジの花までも、戦士達の鮮血ではないかと見まごうようであり、塹壕の畔の樹木に鳴くホトトギスは、垂れ下がった枝を血で赤く染めるのではないかと思うほど鋭く鳴いている。

備考

 この詩の構造は仄起こり七言律詩の形であって、上平声一東(とう)韻の空、風、東、鴻、紅の字が使われている。

尾聯 頸聯 頷聯 首聯

作者略伝

梁川星巖 1789-1858

 江戸時代後期の寛政(かんせい)元年美濃(みの)「岐阜」に生まれる。名は孟緯(もうい)、号は天谷(てんこく)、字は星巖。妻紅蘭(こうらん)と共に詩を好くし、天下を漫遊すること二十年。天保五年江戸に出て玉池吟社(ぎょくちぎんしゃ)を起こし、江戸詩壇の盟主として名声が高まった。当時の詩人菅茶山(かんさざん)、廣瀬淡窓(ひろせたんそう)、菊池五山(きくちござん)などことごくその門人である。常に尊王愛国の志が厚かった。著書に「星巖詩集」がある。安政5年没す。年70。

参考

 一の谷の合戦
1184年(寿永372)源義経、範賴ひきいる源氏と平家一門、平忠度、敦盛等が戦い平家は敗走する。
 青葉の笛で有名な敦盛が熊谷直実(くまがいなおざね)によって打たれた話は有名である。