漢詩紹介

読み方
- 墨水秋夕<安積艮齋>
- 霜落ちて滄江 秋水清し
- 醉餘杖に扶けられて 吟情を寄す
- 黄蘆半ば老いて 風に力無く
- 白雁高く飛んで 月に聲有り
- 松下の燈光 孤廟静かなり
- 煙中の人語 一船行く
- 雲山未だ遂げず 平生の志
- 此の處聊か應に 我が纓を濯うべし
- ぼくすいしゅうせき<あさかごんさい>
- しもおちてそうこう しゅうすいきよし
- すいよつえにたすけられて ぎんじょうをよす
- おうろなかばおいて かぜにちからなく
- はくがんたかくとんで つきにこえあり
- しょうかのとうこう こびょうしずかなり
- えんちゅうのじんご いっせんゆく
- うんざんいまだとげず へいぜいのこころざし
- このところいささかまさに わがえいをあろうべし
字解
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- 滄江
- 青く広い川 ここでは隅田川を指す 江戸時代にはこの川のほとりに大名の下屋敷や富豪の別邸などがあり風流な地となっていた
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- 醉餘
- 酒に酔ったさま
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- 吟情
- 詩心
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- 黄蘆
- 黄ばんだ芦く
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- 孤廟
- ぽつんと建つ三回(みめぐり)稲荷
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- 煙中
- 靄(もや)の中
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- 雲山
- ここでは俗世間を離れて、清廉に生きたいという思い
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- 聊
- いささか ちょっぴり
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- 應
- 「まさに・・・べし」と読む再読文字 「きっと・・・するにちがいない」の意ここでは「せめて・・・したい」の意を表しており、作者独自の用い方である
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- 濯我纓
- 自分の(汚れた)冠の紐を洗う 「楚辞」および「孟子」に 滄浪の水澄まば以って我が纓を濯うべし 滄浪の水濁らば以って我が足を濯うべし」とある
意解
霜が降りて、青く広い隅田川の秋の水は清く澄んでおり、そこに酒酔い気分で杖を手にでかけると、詩情がわいてきた。
黄ばんだ芦は半ば老いているので、吹く風にもなんとなく力が無く、白雁が空高く飛んでいくと、月が何か語りかけているようである。
松並木のもとには灯火の光がほのかに見え、孤廟が静かなたたずまいを見せ、靄の立ちこめる中に人の声が響いていて一船の行くのがわかる
(こうして澄んだ光景を見るにつけ)平生雲山深い所で清廉に生きたいという思いもまだ遂げることもできないので、せめてこの隅田川の水に自分の汚れている冠の紐(俗世で汚れた心)でも濯い清めたいものである。
備考
「終年官職に束縛され山水自然に楽しみを得ざれば、しばらく隅田川の風景を以って煩襟(はんきん)を洗わん」という前書きがあって、隅田川の夕暮れの景を前に自分の思いを詠じている。
この詩の構造は仄起こり七言律詩の形であって、下平声八庚(こう)韻の清、情、聲、行、纓の字が使われている。
尾聯 | 頸聯 | 頷聯 | 首聯 |
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作者略伝
安積艮齋 1790-1860
江戸時代後期の詩人。奥州(おうしゅう)岩代国(いわしろのくに)安積(あさか)郡《福島県郡山市》の安積国造(くにつこ)神社の神官安積親重(ちかしげ)の三男として生まれ、名は重信(しげのぶ)、字を思順(しじゅん)、通称祐介(ゆうすけ)といい、艮齋、見山樓(けんざんろう)と号す。幼い時から二本松藩今泉徳輔(のりすけ)、八木敬蔵に学ぶ。16歳のとき江戸に出て佐藤一齋(いっさい)に学び、努力勉励し、のち故郷二本松藩校の教授となり、再び江戸に出て菖平衡の教授となる。著書には「見山樓詩集」「艮齋文集」などがある。万延元年、病のため没す、年71。