漢詩紹介

読み方

  • 九月十五夜<菅原道眞>
  • 黄萎の顔色 白霜の頭
  • 況や復千餘里外に 投ずるおや
  • 昔は榮華 簪組に縛せられ
  • 今は 貶謫艸莱の囚と為る
  • 月光は鏡に似て 罪を明らかにする無く
  • 風氣は刀の如くにして 愁いを破らず
  • 見るに随い聞くに随うて 皆惨慄
  • 此の秋は 獨り我が身の秋と作る
  • くがつじゅうごや<すがわらのみちざね>
  • おういのがんしょく はくそうのこうべ
  • いわんやまたせんよりがいに とうずるおや
  • むかしはえいが しんそにばくせられ
  • いまは へんたくそうらいのしゅうとなる
  • げっこうはかがみににて つみをあきらかにするなく
  • ふうきはかたなのごとくにして うれいをやぶらず
  • みるにしたがいきくにしたごうて みなさんりつ
  • このあきは ひとりわがみのあきとなる

字解

  • 黄萎
    黄色く萎(しお)れる ここでは老い衰える
  • 「いわんや・・・をや」と読み「まして・・・はなおさらである」の意
  • 千餘里外
    京都から筑紫の大宰府までの距離の遠さを表す
  • 身をおく 遠くにやられる
  • 被簪組縛
    官位におること 「被」は動詞の前にあるときは「る・らる」と読んで受身を表す 「簪」は冠を髪に留める笄(こうがい)「組」は冠につける紐(ひも)「縛」は縛り付ける 直訳すれば笄や紐で縛り付けられている
  • 貶謫
    罪のために官位を下げて遠ざけられること 左遷
  • 艸莱囚
    草深い田舎に閉じ込められた身 「莱」はアカザという雑草
  • 月光似鏡
    古くから鏡は人の真実の心を映し出すという思想がある
  • 惨慄
    ひどく身震いするように恐ろしい

意解

 年老いて顔は黄色く萎れ、頭は霜をいただくほど白髪が増して、(誠に悲しいことである)まして千里あまりも遠い筑紫の大宰府に流された身となっては、なおさら悲しみが増すのである。
 昔は栄華な生活で、官職についていたのであるが、今は罪(つみ)せられ遠ざけられて、草深い田舎に囚われの身となっている。
 月光は(真実を見抜くという)鏡のように照らしているが、我が無実の罪を明らかにしてくれないし、風の力は(不善を断ち切るという)刀のように鋭く吹いているが、我が胸一杯の愁いを切り破ってくれない。
見るにつれ聞くにつれ、何事もいたましく身震いするように恐ろしく感じられ、とりわけこの秋は実に我が身独りの淋しく悲しい秋となった。

備考

 延喜(えんぎ)元年(901)九月十五日、京の都から千五百里も離れた大宰府での作。
 この詩の本題は「秋夜」であるが、副題として「九月十五夜」が付いている。この詩の構造は、平起こり七言律詩の形であって、下平声十一尤(ゆう)韻の頭、投、囚、愁、秋の字が使われている。

尾聯 頸聯 頷聯 首聯

作者略伝

菅原道眞 845-903

 菅原是善(すがわらのこれよし)の三男。平安時代の大政治家として、当代随一であった。宇多(うだ)、醍醐(だいご)の二朝に仕えたが、権勢の拡大を左大臣藤原時平(ふじわらのときひら)から疎(うと)まれ延喜元年(九〇一)大宰権帥(だざいのごんのそつ)に左遷され、大宰府で没す。年五十九。没後、太政大臣を拝命し、名誉が回復され後世御霊(ごりょう)となり天満大自在天神として崇敬され、大宰府天満宮・北野神社などに祀られた。漢詩集「菅家文草(かんけぶんそう)」「菅家後集」がある。