漢詩紹介

CD②収録 吟者:山口華雋
2015年 4月掲載

読み方

  • 獄中の作<賴 鴨厓>
  • 雲を排して手ずから 妖熒を掃わんと欲し
  • 失脚堕ち来る 江戸の城
  • 井底の痴蛙 憂慮に過ぎ
  • 天邊の大月 高明を缺く
  • 身は鼎鑊に臨んで 家に信無く
  • 夢に鯨鯢を斬って 剣に聲有り
  • 風雨多年 苔石の面
  • 誰か題せん日本の 古狂生と
  • ごくちゅうのさく<らい おうがい>
  • くもをはいしててずから ようけいをはらわんとほっし
  • しっきゃくおち きたるえどのしろ
  • せんていのちあ ゆうりょにすぎ
  • てんぺんのたいげつ こうめいをかく
  • みはていかくにのぞんで いえにしんなく
  • ゆめにけいげいをきって けんにこえあり
  • ふううたねん たいせきのおもて
  • たれかだいせんにっぽんの こきょうせいと

字解

  • ここでは目前の困難
  • 井底痴蛙
    井の中の愚かな蛙 ここでは世界に眼を開かない井伊直弼を中心とする幕府の愚かな高官
  • 鼎鑊
    「鼎」も「鑊」もどちらも罪人を煮殺すかなえ ここでは処刑されること
  • 苔石
    苔むした墓石
  • 妖熒
    怪しく光る星 ここでは当時の幕府の在位者を指す
  • 天邊大月
    ここでは天皇
  • 鯨鯢
    「鯨」は雄鯨「鯢」は雌鯨 小魚を食うので悪人にたとえられる ここでは幕府の高官を指す
  • 古狂生
    作者の号 一般的には進取の気性に富んでいるが世に容れられない正直で志の高い人

意解

 雲(困難)を押し開いて、この手で天上の妖星(幕府の悪しき在位者)を掃おうとしてきたが、ついに失敗してこの江戸の町に堕ちて来た。
 今の幕府の高官たちは井の中の蛙のようで、いたずらに外夷を恐れ憂うばかりで、そのために大空の大きな月である天皇は光を欠くように見識を失っている。
 自分は今処刑されようとしているのに、家族からの音信は無く、夢の中で、雌雄の鯨のような幕府の悪役人を斬って、剣に正義の声があがるのを聞いた。
 (さて刑場の露となって後)久しく風雨にさらされ、苔むした墓石の面に、誰か日本の古狂生と自分のことを書き伝えてくれるだろうか。

備考

 この詩は1859年(安政六年)十月、安政の大獄で処刑された作者が、騒然たる国の情勢を憂い獄中で思いを述べたものである。詩の構造は平起こり七言律詩の形であって、下平声九青(せい)韻の熒の字と下平声八庚(こう)韻の城、明、聲、生の字が通韻して使われている。第三句は二六不同になっている。

尾聯 頸聯 頷聯 首聯

作者略伝

頼鴨厓 1825-1859

 頼山陽の第三子として京都三本木町に生まれる。幕末の詩人。名は醇(じゅん)、字は子春(ししゅん)、通称は三樹または三樹三郎と称し鴨厓、古狂生と号した。十八歳の時江戸に遊学し昌平黌(しょうへいこう)にて学ぶ傍ら佐藤一斎・梁川星巖等と交流し精研する。勤王の志厚く京都に帰り星巖・梅田雲浜らと尊皇攘夷の大策を画(かく)するも安政の大獄に捕われ吉田松陰、橋本左内等と共に安政6年10月小塚原で刑死される。年35。

参考

 安政の大獄
1858年(安政五年)から翌年にかけて大老、井伊直弼が尊皇攘夷派に対しておこなった弾圧。橋本佐内、吉田松陰、賴三樹三郎等が処刑された。これががえって反幕閣運動を激化させ水戸・薩摩藩の志士が1860年3月3日、桜田門外で大老井伊直弼を暗殺した。