漢詩紹介

吟者:CD①収録 辰巳快水
2014年11月掲載

読み方

  • 兒島高徳<斎藤監物>
  • 踏み破る千山 萬岳の煙
  • 鸞輿今日 何れの邊にか到る
  • 單蓑直ちに入る 虎狼の窟
  • 一匕深く探る 鮫鰐の淵
  • 報國の丹心 獨力を嗟き
  • 回天の事業 空拳を奈んせん
  • 數行の紅涙 兩行の字
  • 櫻花に附與して 九天に奏す
  • こじまたかのり<さいとうけんもつ>
  • ふみやぶるせんざん ばんがくのけむり
  • らんよこんにち いずれのへんにかいたる
  • たんさただちにいる ころうのいわや
  • いっぴふかくさぐる こうがくのふち
  • ほうこくのたんしん どくりょくをなげき
  • かいてんのじぎょう くうけんをいかんせん
  • すうこうのこうるい りょうぎょうのじ
  • おうかにふよして きゅうてんにそうす

字解

  • 鸞輿
    天皇のお車 「鸞」は鳳凰で、天子を示すおめでたい鳥 「輿」はかついでゆく乗り物
  • 單蓑
    一枚の蓑 転じて単身
  • 虎狼窟
    ここでは北条氏の堅固な護衛陣 次行の「鮫鰐淵」も同意
  • 丹心
    まごころ 赤心に同じ
  • 回天
    天下の形勢をかえる ここでは王政復古
  • 空拳
    素手 戦っても効果のない攻撃力
  • 紅涙
    血涙 悲憤に耐えかね流す血の涙
  • 兩行字
    「天莫空勾践 時非無范蠡」の二句十字
  • 附與
    託す
  • 九天
    一番高い天 ここでは天皇
  • 申しあげる

意解

 〔後醍醐天皇の後を慕って〕高徳は雲煙たなびく奥深い山々をいくつも踏破してきたが、天皇のお車は今日はどのあたりに到着されていることであろうか。
 単身で短刀懐にして、虎や狼の眠る洞窟や鮫(さめ)や鰐(わに)の潜む淵のような敵陣北条氏の堅固な警備隊の中に忍び込んだ。
このように国に報いたいという純粋な心はあるが、独力では支えにならないことを嘆かわしく思うし、また皇運を回復するという事業も素手だけではどうすることもできない。
 〔だからその無念の思いを〕幾筋もの悲憤の血涙を流しながら二行十字にしたため、桜の花に託して天皇に御心のやすらぎを申しあげたのである。

備考

 この詩は兒島高徳が後醍醐天皇の隠岐(おき)に遷幸(せんこう)されるのを奪還しようとして、院庄(いんのしょう)〔岡山県津山市〕の行在所(あんざいしょ)に忍び込み、桜の幹に「天莫空勾践 時非無范蠡」〔天勾践(こうせん)を空しゅうする莫れ 時に范蠡(はんれい)無きにしも非ず〕〔春秋時代、天は越王の勾践が呉の王に無残に敗れたことを無駄にしてはいけない、いつかきっと、范蠡のような忠義な家臣が出現いたします〕の二句を書き、忠誠を奏上した図を見て詠じたものである。。
 本題は〔題兒島高徳書櫻樹圖(兒島高徳櫻樹に書するの圖に題す)〕であるが本会は「兒島高徳」と簡略にした。
 この詩の構造は仄起こり七言律詩の形であって、下平声一先(せん)韻の煙、邊、淵、拳、天の字が使われている。

尾聯 頸聯 頷聯 首聯

作者略伝

斎藤監物 1822-1860

 江戸時代後期の勤王の志士。名は一徳(かずのり)、号は文里、通称監物。文政五年常陸(ひたち)国〔茨城県〕の神官の家に生まれた。水戸藩主徳川斉昭の藩政改革に尽力した。勤王の志あつく、藤田東湖に師事した。神道無念流に長ずる。安政の大獄に奮起し万延元年3月3日同志十七人と共に時の大老井伊掃部頭(かもんのかみ)を桜田門外に襲撃し、本懐をとげた。しかし自らも負傷し、脇坂閣老邸に訴状を呈して即日細川邸に預けられたが3月8日に死去する。年38。