漢詩紹介

読み方
- 失題<橋本左内>
- 飛雨蕭蕭 孤雁鳴く
- 壯心凛凛 又驚くに堪えたり
- 忽ち聞く城裏 一聲の笛
- 既に見る門前 數十の兵
- 地に投じ天に投じて 左右に開き
- 前を衝き後を衝いて 縦横に破る
- 氷刀三尺 清風に拭えば
- 千里雲晴れて 月五更
- しつだい<はしもとさない>
- ひうしょうしょう こがんなく
- そうしんりんりん またおどろくにたえたり
- たちまちきくじょうり いっせいのふえ
- すでにみるもんぜん すうじゅうのへい
- ちにとうじてんにとうじて さゆうにひらき
- まえをつきうしろをついて じゅうおうにやぶる
- ひょうとうさんじゃく せいふうにぬぐえば
- せんりくもはれて つきごこう
字解
-
- 飛 雨
- 風に吹き乱されて降る雨
-
- 蕭 蕭
- もの淋しいさま
-
- 壯 心
- 雄々(おお)しい心
-
- 凛 凛
- 勇気の盛んなさま りりしいさま
-
- 城 裏
- 町の中 「城」は町 京都を指すと思われる
-
- 氷 刀
- 氷のように白く光る刀 白刃ともいう
-
- 五 更
- 午前四時ごろ
意解
風に吹き乱されながらも淋しく降る雨の中に、一羽の雁が鳴いているような我が身の上であるが、(王政を進めることこそ将来の日本に必須という大義名分の上に決心した)雄々しい心は凛として動くはずもなく、その強さには自分でも驚くばかりである。
不意に町中の呼子の笛が聞こえるのに気が付くと、すでに門前には数十人の幕府方の捕り方が現れている。
(私は彼らを)地に天にと蹴散らかし、左に右にと攻め進め、さらに前後に衝きまくり、縦横に斬り倒して追い払った。
(やがて戦いも終わり)鮮血滴る三尺の白刃を清らかな風の中で拭うと、午前四時ごろ千里のかなたまで雲晴れて、月がかがやいていた。
備考
安政4年(1857)から5年にかけ、風雲急をつげる中で、松平春嶽、島津齊彬(しまづなりあきら)、徳川齊昭ら一橋派の諸侯と開国論、一橋慶喜(ひとつばしよしのぶ)擁立運動にたずさわっていた頃の作である。
この詩の構造は仄起こり七言律詩の形であって、下平声八庚(こう)韻の鳴、驚、兵、横、更の字が使われている。
尾聯 | 頸聯 | 頷聯 | 首聯 |
---|---|---|---|
作者略伝
橋本左内 1834-1859
名は綱紀(つなのり)。字は伯綱(みちつな)、通称左内。宋の岳飛の人となりを景仰(けいぎょう)して景岳と号した。越前藩医長綱(おさつな)の長子として天保5年3月に生まれ、医を緒方洪庵に学ぶ。一橋慶喜公を立てて将軍となし攘夷を断行しようと奔走したがならず、安政5年捕らえられ、翌6年10月斬刑に処された。年26。正四位を贈られる。