漢詩紹介

吟者:CD①収録 藤本 曙洌
2014年11月掲載
読み方
- 磯原客舍<吉田松陰>
- 海樓酒を把って 長風に對す
- 顔紅に耳熱して 醉眠濃やかなり
- 忽ち見る雲濤 萬里の外
- 巨鼇海を蔽うて 艨艟來る
- 我れ吾が軍を提げて 來り此に陣す
- 貔貅百萬 髪上り衝く
- 夢は斷え酒は解けて 煙も亦滅す
- 濤聲地を撼かして 夜鼕鼕
- いそはらかくしゃ<よしだしょういん>
- かいろうさけをとって ちょうふうにたいす
- がんくれないにみみねっして すいみんこまやかなり
- たちまちみるうんとう ばんりのほか
- きょごううみをおおうて もうどうきたる
- われわがぐんをひっさげて きたりここにじんす
- ひきゅうひゃくまん はつのぼりつく
- ゆめはたえさけはとけて けむりもまためっす
- とうせいちをうごかして よるとうとう
字解
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- 磯 原
- 茨城県の太平洋岸にある地名
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- 客 舍
- 旅館 ここでは作者が宿をとった知人の野口邸
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- 巨 鼇
- 大海亀
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- 艨 艟
- 軍艦
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- 貔 貅
- 虎に似た架空の猛獣 中国では軍旗の印に用いられた ここでは勇猛な兵士
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- 髪上衝
- 怒髪天を衝く 非常に怒っている形容
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- 煙亦滅
- 他の文献では「燈亦滅」もある
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- 鼕 鼕
- 太鼓の音 ここでは波の音
意解
磯原海岸の高楼に上って酒を飲みながら遠くから吹く風に向かっていると、酔って顔はほてり耳まで熱くなって、ぐっすり眠ってしまった。
たちまち夢の中に雲と波の湧く万里の遥かかなたから大海亀が海を覆うように、多くの軍艦が押し寄せてくるのが見えた。
我はわが軍を指揮してこれに対し陣を固めると、百万の勇猛な兵士は意気大いに盛り上がり怒髪天を衝くほどの悲憤ぶりである。
(このような快夢を貪=むさぼ=っていると途端に)夢は破れ酔いは醒め、灯の煙も消えて、暗やみの中にただ波の音が地を動かすようにドドッと聞こえるだけである。
備考
1852年(嘉永5年)松陰23歳の時、東北旅行をした際、磯原海岸の旅館で外国の軍艦が押し寄 せて来た夢を見て作る。
この詩の構造は七言古詩であり、韻は上平声一東(とう)韻の風、艟と上平声二冬(とう)韻の濃、衝、鼕の字が通韻して使われ ている。
作者略伝
吉田松陰 1830-1859
江戸時代末期、萩藩士(山口県)杉百合之助の次男として生まれた。幼名を大次郎、通称寅次郎、名は矩方(のりかた)、字を義卿(ぎきょう)、松陰または二十一回猛士と号す。6歳のとき叔父吉田了賢の養子となり、山鹿流兵学を学ぶ。11歳のときには藩主毛利敬親(たかちか)の御前で武教全書を講義する。勤王の志が厚く、佐久間象山に師事した。ペリー再来の時、密航を企てて下獄。その後萩の自邸内に松下村塾を開いて子弟の教育にあたる。その門下には明治維新の大業達成に活躍した高杉晋作・久坂玄瑞・伊藤博文らがいる。安政の大獄に連座し小塚原で刑死した。年29。