漢詩紹介

読み方
- 偶成<太刀掛呂山>
- 強富由來 兵を弄し易し
- 黨人事を誤る 古今の情
- 千秋の社稷 誰か鼎を扶けん
- 列國の英雄 陰に衡を競う
- 變に應ずるの才髦 頻に世に媚び
- 時に感ずるの詞客 枉げて生を偸む
- 江山灑がず 新亭の涙
- 寧ろ滄浪に向かって 濁清を試みん
- ぐうせい<たちかけろざん>
- きょうふゆらい へいをろうしやすし
- とうじんことをあやまる ここんのじょう
- せんしゅうのしゃしょく たれかかなえをたすけん
- れっこくのえいゆう いんにこうをきそう
- へんにおうずるのさいぼう しきりによにこび
- ときにかんずるのしかく まげてせいをぬすむ
- こうざんそそがず しんていのなみだ
- むしろそうろうにむかって だくせいをこころみん
字解
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- 強 富
- 富国強兵のこと
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- 易弄兵
- 「弄」はもてあそぶ たわむれるの意 ここでは兵をいたずらに駆り立てて戦争させる
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- 社 稷
- 国家 朝廷
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- 鼎
- 両耳と三本の足のある青銅器 転じて国家のこと
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- 才 髦
- 「才」は賢人 知者 「髦」は優れた人
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- 偸 生
- 命をおしんでいたずらに生きながらえる
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- 江 山
- ここでは世の中
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- 新亭涙
- 晋の書「壬導伝」(じんどうでん)に 人々は暇あるごとに新亭に集まって国の亡びたるを嘆いたという故事をさす
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- 滄 浪
- 水の青い色 川の名 ここでは時流 「楚辞」および「孟子」に「滄浪の水澄まば以て我が纓を濯うべし 滄浪の水濁らば以て我が足を濯うべし」とある
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- 試濁清
- 時の流れに向かって清濁(せいだく)をはっきりさせて清く正しく生きたい
意解
富国強兵策をとろうとすると自然に戦争をしたくなるのは当然で、政治家が本分を忘れ事を誤るのは今も昔も変わらぬ情勢である。
さて、この長い年月、絶えることなく続いてきた国家を誰が扶け維持してゆくのであろう。世界の国の英雄たちはひそかに自分や自分の国が優位に立つことに専念し競いあっている。
時勢に順応するに巧みな才人たちは、しきりに世俗に媚びへつらい、時勢に批判的な詩人達は、世の動静を気にしないかのように暮らしている。
かつてこのような世に、人々は暇があるごとに新亭に集まり、国が亡びたことを嘆き涙をそそいだということが晋書の壬導伝に記されているが、しかしそれよりもむしろ時流に向かって清濁をはっきりし、清く正しく生きてゆきたいものである。
備考
この詩の構造は仄起こり七言律詩の形であって、下平声八庚(こう)韻の兵、情、衡、生、清の字が使われている。
尾聯 | 頸聯 | 頷聯 | 首聯 |
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作者略伝
太刀掛呂山 1912-1990
明治45年広島県呉市広町に生まれる。名は重男、呂山は号。幼少より詩を好み、呉江吟社・山陽吟社を創立し主宰となる。永らく教職にあったが、昭和48年退職し生地に於いて自適の傍ら漢詩教育に尽瘁される。著書に「誰にでもできる漢詩の作り方」「漢詩の再吟味」などがある。平成2年2月病のため没す。年78。