漢詩紹介

読み方
- 晩鐘<松口月城>
- 暮鐘幾點 山寺の邊
- 之を聽きて誰か 思い肅然たらざる
- 觀じ來れば人生 一夢の如し
- 名利畢竟 雲烟に似たり
- 愧ず吾煩惱 解脱し難し
- 唯念う大悲 無量の縁
- 餘韻嫋嫋 溪嶽を度る
- 歸鳥友を喚ぶ 西方の天
- ばんしょう<まつぐちげつじょう>
- ぼしょういくてん さんじのほとり
- これをききてたれか おもいしゅくぜんたらざる
- かんじきたればじんせい いちむのごとし
- めいりひっきょう うんえんににたり
- はずわれぼんのう げだつしがたし
- ただおもうだいひ むりょうのえん
- よいんじょうじょう けいがくをわたる
- きちょうともをよぶ さいほうのてん
字解
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- 幾 點
- 幾杵(いくしょ)に同じ 幾つかの鐘の音
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- 肅 然
- 身の引き締まるような思い
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- 畢 竟
- 結局のところ
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- 煩惱解脱
- 欲望の患(わずら)いや世俗の迷いから離れて仏門の悟りを得る
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- 大悲無量
- 計り知れない広大無辺の仏の慈(いつく)しみ
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- 嫋 嫋
- 音などがいつまでも細く響く
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- 西方天
- 西の空 ここでは西方浄土を暗示する
意解
山寺のあたりから幾つも打ち出される夕暮れの鐘の音が響きわたり、この音を聴いて誰が身の引き締まるような思いにならないでいられようか。
よく考えてみると人生は一場の夢のようなもので、名利というものは結局のところ雲か煙のようにはかなく消えてしまうものである。
私はまだ欲望の患いや世俗の迷いから離れて、仏門の悟りを得ていないことを恥ずかしく思い、ひたすら計り知れない広大無辺の仏の慈しみにお縋(すが)りすることを念ずるばかりである。
鐘の音はいつまでも細く引いて、多くの谷や山を渡り、折しもねぐらに帰る鳥たちは友を喚(よ)び合いながら西の空に帰っていく。
備考
この詩は近体詩の平仄法にかなっていないので七言古詩であり、したがって平仄は問わない。韻は下平声一先(せん) 韻の邊、然、烟、縁、天の字が使われ、一韻到底格になっている。一韻到底格とは近体詩の律詩以上の詩の決められた位置に同じ韻の字を使うことをいう。
作者略伝
松口月城 1887-1981
名は榮太(えいた)、号は月城、明治20年福岡市有田に生まれる。熊本医学専門学校を卒業し、18歳にして医師となり世人を驚かせた秀才である。医業のかたわら漢詩を宮崎来城に学び、詩、書画、共に巧みであった。なお本会顧問を永年つとめられる。昭和56年7月16日没す。年95。