漢詩紹介

読み方
- 樺太州<國分青厓>
- 宗谷の風煙 漭として愁えんと欲す
- 圖らざりき題詠の 巖頭に在りとは
- 慨慷讀むに忍びんや 歌辭の壯なるを
- 漫漶猶お看る 筆勢の遒なるを
- 草澤人有り 遠慮を存し
- 江湖何れの客か 奇憂を抱くや
- 朔天日夕 重重の霧
- 我が爲に深く遮れ 樺太州
- からふとしゅう<こくぶせいがい>
- そうやのふうえん もうとしてうれえんとほっす
- はからざりきだいえいの がんとうにありとは
- がいこうよむにしのびんや かじのそうなるを
- まんかんなおみる ひっせいのしゅうなるを
- そうたくひとあり えんりょをそんし
- こうこいずれのかくか きゆうをいだくや
- さくてんにっせき じゅうじゅうのきり
- わがためにふかくさえぎれ からふとしゅう
字解
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- 樺太州
- もと領有権は日本でもロシアでもなかったが 明治8年の「樺太千島交換条約」によりロシア領となった
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- 漭
- 水のひろびろとしたさま
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- 題 詠
- 宗谷岬に立つ歌碑に刻まれた短歌を指す
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- 慨 慷
- 憤りと嘆き
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- 漫 漶
- はっきりしないさま ここでは碑文の文字が磨り減って判然としないさま
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- 遒
- 力強い
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- 草 澤
- 草むら ここでは世の中
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- 江 湖
- 民間 一般社会
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- 奇 憂
- 人並み以上の憂い
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- 朔 天
- 北方の天 「朔」は北
意解
ここ宗谷岬に立つと海峡を隔てて風ともやが海上広く吹き立ち込めて、自然に哀愁の念が湧いてくる。まさか「見るたびに……」の歌碑がこの断崖の上にあろうとは思ってもみなかった。
(樺太州がロシア領になったことへの)憤りと嘆きが刻まれていて、この歌の悲壮な調べは実に読むに忍びない。風雨にさらされて読みにくくなってはいるものの、さすがに筆力の強さを看てとることができる。
それにつけても世間にはこんな偉大な人物がいて、国家の前途を考えているが、その一方で世の中に果たして誰がこのような人並み以上の憂いの情を抱いているだろうか。
さて北方の空には朝夕重なり合った霧が立ち込めているが、どうか私のためにも樺太の島影が見えないようにいっそう深く立ち込めてほしい。(見る度に断腸の思いがまさるものだから)
備考
この詩は1898年(明治31年)宗谷岬に立って、風煙立ちこめる海峡の中に樺太を望み、図らずも断崖の上に「見るたびに憂ひぞまさるわが為に曇りて隠せ樺太の島」(福本日南作)という歌碑を見て作ったものである。詩の構造は仄起こり七言律詩の形であって、下平声十一尤(ゆう)韻の愁、頭、遒、憂、州の字が使われている。
尾聯 | 頸聯 | 頷聯 | 首聯 |
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作者略伝
國分青厓 1857-1944
明治、大正、昭和の漢詩人。名は高胤(こういん)、字は子美(しび)、青厓は号、別に太白山人と号した。仙台の生まれ。年少にして藩学養賢堂(ようけんどう)教授国分松嶼(しょうしょ)に漢学を、落合直亮(なおあき)に国学を学ぶ。長じて高知新聞・日本新聞の記者となり、のち大東文化学院教授となり作詩の指導に当たる。昭和19年没す。年88。