漢詩紹介

読み方
- 野村望東尼<松口月城>
- 雲は迷う 平尾山莊の月
- 風は叫ぶ 玄海 孤島の波
- 禪尼望東 心烈烈
- 憂國の至情 詩歌に見る
- 武夫の 大和心を より合せ
- ただ一すじの 大綱にせよ
- 天下の志士 慕うて母の如し
- 維新の功業 君に依ること多し
- のむらぼうとうに<まつぐちげつじょう>
- くもはまよう ひらおさんそうのつき
- かぜはさけぶ げんかい ことうのなみ
- ぜんにぼうとう こころれつれつ
- ゆうこくのしじょう しかにみる
- もののふの やまとごころを よりあわせ
- ただひとすじの おおづなにせよ
- てんかのしし しとうてははのごとし
- いしんのこうぎょう きみによることおおし
字解
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- 野村望東尼
- 1806~87 福岡藩士浦野勝幸の娘 54歳で夫と死別し 仏門に入り望東尼と称した 自宅を福岡市に構え その地名から平尾山荘と名づけた 勤皇の志の厚い彼女は各地の志士を庇護したために幕府に捕らえられ 玄界灘に浮かぶ姫島に幽閉された 後高杉晋作らに救われ三田尻に隠棲して生涯を終えた 女流歌人としても名を成した 「向陵集」「姫島日記」等の著書がある
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- 雲 迷
- 世情が騒然としているさま
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- 平尾山莊
- 福岡市平尾にある望東尼の隠棲の住居 勤皇の志士が多数往来した
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- 孤 島
- 姫島
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- 至 情
- まごころ
意解
(世の中はまさに騒然となり、九州にも不穏な動きが迫り)平尾山荘にかかる月には雲が迷いながら漂い、風は玄界灘を吹きまくり、孤島姫島にも激しい荒波がうち寄せた。
そうした中にあって禅尼望東尼の勤皇の志はいよいよ烈しく、その憂国のまごころは多くの詩歌に託されている。
(和歌)武夫の……勤皇の志士たちの一人一人の大和心を糸のようにより合わせて、ただ一本の太くて強い大綱にしてほしい。
天下の勤皇の志士たちは望東尼を母のように慕い(彼女もまた彼らを我が子のように身の危難をも顧みず世話をしつづけたので)明治維新の大業が成就したのもこの望東尼の功績に負うところが多い。
備考
この詩の構造は七言古詩の形であって下平声五歌(か)韻の波、歌、多の字が使われている。
作者略伝
松口月城 1887-1981
名は榮太(えいた)、号は月城、明治20年福岡県筑紫郡那珂川町今光に生まれる。熊本医学専門学校を卒業し18歳にして医師となり世人を驚かせた秀才である。医業のかたわら漢詩を宮崎来城に学び、詩、書画、共に巧みであった。
なお本会顧問を永年つとめられる。昭和56年7月16日没す。年95。