漢詩紹介

読み方
- 桶子峡<賴山陽>
- 士は枚を銜み 馬は舌を結ぶ
- 桶峡は桶の如く 雷擘裂す
- 驕龍元を喪い 敗鱗飛ぶ
- 面を撲つ腥風 雨か血か
- 一戰始て開く 撥亂の機
- 萬古海道 戰氛滅す
- 唯見る血痕の 紅絞纈
- とうしきょう<らいさんよう>
- しはばいをふくみ うまはしたをむすぶ
- おけはざまはおけのごとく らいはくれつす
- きょうりょうこうべをうしない はいりんとぶ
- おもてをうつせいふう あめかちか
- いっせんはじめてひらく はつらんのき
- ばんこかいどう せんふんめっす
- ただみるけっこんの こうこうけつ
字解
-
- 桶子峡
- 桶子は桶 峡ははざまの語に充てた文字 桶峡間の地名を漢語的にした
-
- 銜 枚
- 枚は木の札にて両端に糸をつけ その札を口に含んで 糸を後方で結ぶ これを人馬に用い 軍声を発しないようにする
-
- 擘 裂
- 雷声の激しさをいう 擘は劈(へき)に同じくつんざくの意 烈しく物を引き裂く音をいう
-
- 驕龍喪元
- 驕龍は今川義元を指す 喪元は頭を失うこと
-
- 撥 亂
- 撥は除く 乱世を治めるをいう
-
- 紅絞纈
- 絞纈はしぼり染のこと べにしぼりをいう 桶峡間に近き鳴海駅はしぼり染の名産地である
意解
信長軍は機先を制すべく兵は枚を銜み、馬は舌を結んで、間道から敵営を襲った。あたかも好し迅雷猛雨一時に来り、信長の猛襲を助けるかのようであった。之に乗じて鼓噪(こそう)して直ちに義元の本陣に攻め入った。忽ち義元の首は飛んだ。この一戦こそ信長をして覇業を成さしめ、天下を平定させる第一歩であった。以来東海道は信長の威勢に服し干戈(かんか)の動くこともなく、太平の曙光もほの見えて、あの痛々しい血痕は鳴海(なるみ)しぼりとなって、往事を記念するよすがとなっている。
備考
この詩は賴山陽が日本国史を詠じた「日本楽府(がふ)」の一つである。
作者略伝
賴 山陽 1780-1832
名は襄(のぼる)、字は子成(しせい)、号は山陽。安永9年12月大坂江戸堀に生まれた。父春水は安芸藩の儒者。7歳の時叔父杏坪について書を読み、18歳で江戸に遊学した。21歳で京都に走り、脱藩の罪により幽閉される。のち各地を遊歴し、天保3年9月病のため没す。年53。
著書に「日本外史」「日本政記」「日本楽府」などがある。