漢詩紹介

読み方
- 客中春に逢いて子規に寄す(2-1)<夏目漱石>
- 春風 東皐に遍き
- 門前 碧蕪新たなり
- 我が懷は 君子に在り
- 君子 嶙峋を隔つ
- 嶙峋は 跋ゆ可からず
- 君子 空しく穆忞
- 悵望するも 就く可からず
- 碧蕪 徒らに神を傷ましむ
- 憶う昔 交遊の日
- 共に 管鮑の貧しきを許しき
- 斗酒 乾坤を凌ぎ
- 豪氣 星辰に逼る
- かくちゅうはるにあいてしきによす<なつめそうせき>
- しゅんぷう とうこうにあまねき
- もんぜん へきぶあらたなり
- わがおもいは くんしにあり
- くんし りんじゅんをへだつ
- りんじゅんは こゆべからず
- くんし むなしくぼくびん
- ちょうぼうするも つくべからず
- へきぶ いたずらにしんをいたましむ
- おもうむかし こうゆうのひ
- ともに かんぽうのまずしきをゆるしき
- としゅ けんこんをしのぎ
- ごうき せいしんにせまる
字解
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- 東 皐
- 東の岡
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- 嶙 峋
- 山のけわしさ
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- 穆 忞
- 純粋な心をもってつとめる
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- 悵 望
- 嘆きのぞむこと
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- 管 鮑
- 管仲と鮑叔牙の二人
意解
春風が吹きわたる頃となり、みどりの平野が美しい。君に逢いたいと思うが、けわしい山に遠くはなされている。君は純粋な努力を続けているのに必ずしもむくわれず、うらめしげに眺めやるのみ。せっかくのみどりの平野も心を傷めるばかりだ。ふりかえってみるに君と僕は管仲と鮑叔牙のような間柄であるとみとめあった。どえらい意気込みの豪傑気取りの怪気炎もあげたものだ。
備考
この詩は、旅先の熊本で作り、子規に送ったものである。
漱石は、学生時代から正岡子規と親交が深く、俳句や漢詩を通しても交流をしていた。小説家として有名であるが、漢詩にも優れたものが多い。
この詩の構造は、五言古詩の形であって、韻は上平声十一真(しん)韻の新、峋、忞、神、貧、辰、眞、春、塵、津、人の字が使われている。一句、 十一句、十三句にそれぞれ下平声四豪(ごう)韻の皐、上平声十三元(げん)韻の坤、上平声九佳(か)韻の涯などの平声が用いられるが押韻に関係な く仄声とみなす。
作者略伝
夏目漱石 1867-1916
慶応3年1月江戸牛込に生まれる。幼名を金之助という。明治・大正時代の小説家、英文学者。生家貧しくして、度々里子にだされた。二松学舎、成立学舎に学んで、漢学・英語を学ぶ。東京大学英文学科卒。イギリスに留学、のち東大講師、朝日新聞社に入社。「坊ちゃん」「吾輩は猫である」をはじめ数々の名作を残し大正5年12月没す。年50。