漢詩紹介

読み方
- 客中春に逢いて子規に寄す(2-2)<夏目漱石>
- 而今 天の一涯
- 索居 我が眞に負く
- 客土 我は禮を問い
- 舊廬 君は春を賦す
- 二百餘里の 別れ
- 三十一年の 塵
- 塵纓 濯うに由無く
- 徘徊す 滄浪の津
- 語を寄す 子規子
- 官遊の人と 爲る莫れ
- かくちゅうはるにあいてしきによす<なつめそうせき>
- じこん てんのいちがい
- さくきょ わがしんにそむく
- かくど われはれいをとい
- きゅうろ きみははるをふす
- にひゃくよりの わかれ
- さんじゅういちねんの ちり
- じんえい あろうによしなく
- はいかいす そうろうのしん
- ごをよす しきし
- かんゆうのひとと なるなかれ
字解
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- 而 今
- 今後
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- 一 涯
- 一方
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- 索 居
- …などと離れて一人さびしく暮らす
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- 客 土
- 旅の土地 他郷
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- 禮
- 人の行うべき道 ここでは熊本での教壇生活のこと
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- 子規子
- 下の子は友人に対する軽い敬称 子規君というのと同じ
意解
しかるに、今自分は辺地での生活を余儀なくされ、お互い天の端とはしの如く遠くはなれ、空しく暮らすことは本意にそむくことであるが、今自分は旅の空にある熊本の地。これも自分に与えられた使命である。君は昔のままの家で、自由に青春の詩を作りなさい。僕は200余里の遠きに来て勤めているが、今は勤めをやめるべききっかけがない。ただうろつくのみである。子規君よ、僕のように官途にはつかないでくれ。
備考
この詩は、旅先の熊本で作り、子規に送ったものである。
漱石は、学生時代から正岡子規と親交が深く、俳句や漢詩を通しても交流をしていた。小説家として有名であるが、漢詩にも優れたものが多い。
この詩の構造は、五言古詩の形であって、韻は上平声十一真(しん)韻の新、峋、忞、神、貧、辰、眞、春、塵、津、人の字が使われている。一句、 十一句、十三句にそれぞれ下平声四豪(ごう)韻の皐、上平声十三元(げん)韻の坤、上平声九佳(か)韻の涯などの平声が用いられるが押韻に関係な く仄声とみなす。
作者略伝
夏目漱石 1867-1916
慶応3年1月江戸牛込に生まれる。幼名を金之助という。明治・大正時代の小説家、英文学者。生家貧しくして、度々里子にだされた。二松学舎、成立学舎に学んで、漢学・英語を学ぶ。東京大学英文学科卒。イギリスに留学、のち東大講師、朝日新聞社に入社。「坊ちゃん」「吾輩は猫である」をはじめ数々の名作を残し大正5年12月没す。年50。