漢詩紹介

読み方
- 七月事を紀す<廣瀨旭莊>
- 東天半夜 將星傾き
- 又報ず西師の 大瀛を渡るを
- 總べて戰場に向いて 馬革を期し
- 須いず靈柩の 牛鳴を發するを
- 千家涼月 深閨の涙
- 一笛秋風 遠戍の情
- 名を燕然に勒するは 何れの日か是なる
- 蘭臺閒殺す 幾書生
- しちがつことをしるす<ひろせきょくそう>
- とうてんはんや しょうせいかたむき
- またほうずせいしの たいえいをわたるを
- すべてせんじょうにおいて ばかくをきし
- もちいずれいきゅうの ぎゅうめいをはっするを
- せんかりょうげつ しんけいのなみだ
- いってきしゅうふう えんじゅのじょう
- なをえんねんにろくするは いずれのひかこれなる
- らんだいかんさいす いくしょせい
字解
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- 東 天
- 大阪の東方 江戸にたとえる
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- 將 星
- 将軍(12代徳川家慶=いえよし)になぞらえられる星
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- 西 師
- 西洋の軍隊
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- 向
- 於 場所を表す前置詞 唐代以後の俗語
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- 馬 革
- 生還を期せず戦場で華々しく討ち死にすること
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- 千家の句
- 李白の「子夜呉歌」の詩による
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- 一笛の句
- 岑参の「胡笳歌」の詩による
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- 深 閨
- 家の奥深くにある婦人の部屋
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- 燕 然
- 燕然山(モンゴルの杭愛山脈) 石に功を刻して漢の威徳を記した故事
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- 蘭 臺
- 太政官の唐名 ここでは幕府をさす
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- 閒 殺
- ここでは難局から解放する
意解
東のかた江戸では、夜半になって、将軍の衰運を象徴するかのように将星が沈みはじめ、その上、西洋の艦隊が大海原を渡って来航したとのことである。
人々はすべて戦場に出て華々しく討ち死にをする覚悟であり、決して安閑と霊柩車で挽く牛ののどかな鳴き声とともに葬ってもらうことなど願ってはいない。
しかし、ひややかな秋の夜の月光に照らされている幾千もの家では、ひとりさびしく夫の帰りを待ちわびる深閨の妻が涙にくれていることであろうし、また、一曲の笛の音を聞きながら身にしみる秋風に吹かれている遠征の将兵も、せつない望郷の情にかられていることであろう。
かの後漢の竇憲(とうけん)が戦勝の栄誉を燕然山で銘文に刻したように、今戦場にある将兵たちが勝利をおさめて帰還できる日は、果たしていつのことやら。幕府は、いったいどれほどの若い知識人をこの難局から解放するというのか。
備考
嘉永6年(1853)7月、旭莊47歳、ペリー来航の翌月の作。この詩の構造は平起こり七言律詩の形であって、下 平声八庚(こう)韻の傾、瀛、鳴、情、生の字が使われている。
作者略伝
廣瀨旭莊 1807-1863
名は謙、字は吉甫(きちほ)、通称謙吉、旭莊は号。淡窓の末弟。兄淡窓と亀井昭陽に学ぶ。のち大阪に住み、兄淡窓と共に詩名東西に鳴る。才気横溢(おういつ)、長篇大作を遺(のこ)す。勤王の志厚く諸侯の招聘(しょうへい)を断り摂津池田に退隠、文久3年8月没す。年56。