漢詩紹介

読み方

  • 嗚呼忠臣楠氏の墓(2-2)<生田鐡石>
  • 七たび人間に生まれて 國賊を殺さん
  • 一語丹誠 靖獻に足る
  • 湊河の水は 長えに咽ぶ有り
  • 武庫の山は 獨り尊きを見る
  • 偏えに悲しむ正氣の 寂然として絶ゆるを
  • 唯憶う忠魂の 凛乎として存するを
  • 勤王報國 渾て忘るるが如く
  • 世道の非なる 誰に向かってか訴えん
  • 泣かざらんと欲すと雖も 涙霑うを奈んせん
  • 嗚呼忠臣楠氏の墓
  • ああちゅうしんなんしのはか<いくたてっせき>
  • ななたびにんげんにうまれて こくぞくをほろぼさん
  • いちごたんせい せいけんにたる
  • みなとがわのみずは とこしえにむせぶあり
  • むこのやまは ひとりとうときをみる
  • ひとえにかなしむせいきの せきぜんとしてたゆるを
  • ただおもうちゅうこんの りんことしてそんするを
  • きんのうほうこく すべてわするるがごとく
  • せどうのひなる たれにむかってかうったえん
  • なかざらんとほっすといえども なみだうるおうをいかんせん
  • ああちゅうしん なんしのはか

字解

  • 丹 誠
    まごころ
  • 靖 獻
    忠誠心を主君に捧げる
  • 正 氣
    万物の根元であるこの上ない大きく尊い気
  • 思い出す
  • 凛 乎
    気高く立派な
  • 全く
  • 世 道
    世の中の道義心

意解

 (正成が弟正季=まさすえ=と差し違えで死ぬとき発したという)「七たび人間に生まれて国賊を亡ぼさん」との一語にはまごころが込められ、忠誠心を捧げようとする心情が言い尽くされている。
 以来、湊川の水は咽ぶような音を立てながら永遠に流れつづけ、(忠臣たちの鮮血で染まった)武庫の山々はひときわ尊いものに見える。
 楠公一族の発する正気を尊ぶ風潮も寂しいことに絶えてしまい、そのことをひたすら悲しく思う一方、忠義の心は今も気高く立派に存在していることを思うばかりである。
 あれから600年、勤皇報国の精神は全く忘れられたようになり、世の中の道義心は間違ってしまったことを誰に向かって訴えたらよいものだろうか。
 泣くまいと思うけれども涙が自然に流れることをどうすることもできない。「嗚呼忠臣楠氏の墓」よ。

備考

 この詩の構造は七言古詩の形であって、韻は次の通りである。
  第2・4句       上平声十一眞(しん)韻の濱、人
  第6・8・10・12句 去声十四願(がん)韻の怨、萬、願、獻
  第14・16句     上平声十三元(げん)韻の尊、存
  第18・20句     去声七遇(ぐう)韻の訴、墓
 の字が使われている。

作者略伝

生田鐡石 ?-1933

 山口県出身、陸軍軍人(中佐)。名は清範(きよのり)、鉄石は号。古詩に長じていると言われ詩文も平易明快である。熊本に永住し昭和8年没。

参考

湊川神社
神戸市中央区多聞通3-1にある。