漢詩紹介

CD③収録 吟者:鈴木永山・山口華雋・松野春秀
2015年6月掲載
読み方
- 吉次峠の戰い<佐々友房>
- 君見ずや吉次の險は 城よりも險なり
- 突兀空を摩して 路崢嶸
- 煙は籠む 高瀬河邊の水
- 風は捲く 三の嶽峯上の旌
- 一朝警を傳え 笑って相待てば
- 忽ち聞く 千軍萬馬の聲
- 硝煙雲と爲り 彈は雨と爲る
- 壯士の一命 鴻毛よりも輕し
- 吶喊の聲は 巨砲に和して響き
- 山叫び谷は吼え 乾坤轟く
- 砲聲絶ゆる處 松聲寂かなり
- 一輪の皎月 陣營を照らす
- きちじとうげのたたかい<さっさともふさ>
- きみみずやきちじのけんは しろよりもけんなり
- とっこつそらをまして みちそうこう
- けむりはこむ たかせかへんのみず
- かぜはまく さんのたけほうじょうのはた
- いっちょうけいをつたえ わらってあいまてば
- たちまちきく せんぐんばんばのこえ
- しょうえんくもとなり たまはあめとなる
- そうしのいちめい こうもうよりもかろし
- とっかんのこえは きょほうにわしてひびき
- やまさけびたにはほえ けんこんとどろく
- ほうせいたゆるところ しょうせいしずかなり
- いちりんのこうげつ じんえいをてらす
字解
-
- 君不見
- 皆さんはご存知でしょう
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- 吉次峠
- 熊本県の西北にあって植木・田原(たばる)と共に西南の役で官軍と薩摩軍が激戦18昼夜に及んだ古戦場
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- 突 兀
- 高く突き出ている姿
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- 摩 空
- 空にまでのびるように
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- 崢 嶸
- 高くけわしい 深く危険なさま
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- 一 朝
- にわかに ひとたび
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- 鴻 毛
- 鳥の毛 きわめて軽いたとえ
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- 吶喊聲
- ときの声 突撃の声
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- 巨 砲
- 大砲のこと
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- 乾 坤
- 天地
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- 皎 月
- 明るく冴えた月
意解
皆さんはご存知でしょうか。吉次峠の険しいことは城の険しさよりもっと険しく、頂上は大空に突き出て天に達するようであり、路の険しく深いことを。
高瀬川は靄につつまれ、三の嶽の頂上には我軍の旗が風になびいている。
一たび敵襲の知らせが伝わり、何ほどもなかろうと笑って待っていると、忽ち千軍万馬の声を聞いた。
硝煙は雲のようになってあたりにたちこめ、弾は雨のようにふりそそぎ、勇ましい兵士たちは我が命を鳥の毛よりも軽いものと思われるほど勇戦奮闘したのである。
突撃の声は砲声と共に響き、山も谷も叫び吼えるように天地に轟き渡った。やがて砲声もやみ松に吹く風の音もしずかに、一輪の月が明るく輝き、戦い終った陣営を照らすのであった。
備考
この詩は、明治10年西南の役に熊本軍を率いて各地に転戦した作者が、吉次峠から田原坂付近における激戦の状況を詠じたものである。
詩の構造は古詩の形であって、韻は次の通りである。
下平声八庚(こう)韻の城、嶸、旌、聲、輕、轟、營
の字が使われており、「一韻到底格」である。
作者略伝
佐々友房 1854-1906
旧熊本藩士、安政元年生まれ。明治の政治家。青雲の志強く明治8年東京に出て政治の動向に着目、征韓論破れるや西郷隆盛に従い鹿児島に帰伏し、西南の役(明治10年)に西郷軍に従い、敗れて囚となる。創傷治療のため郷里に帰り、済済黌(せいせいこう)を設けて子弟の教育に当たる。明治23年第一回衆議院議員となり政界で活躍した。「時勢論」「戦袍日記」の書がある。明治39年没す。年53。