詩歌紹介

読み方

  • ふるゆきや めいじはとおく なりにけり

句意

 雪がさかんに降りだしてきた。その雪に現実の時を忘れ、今が二十数年前の明治時代であるかのような気持ちになっていたところ、ふと現実に返り、明治は遠くなってしまったとしみじみ痛感したことである。

季語

 雪ー冬

出典

 句集「長子」

作者略伝

中村 草田男  1901-1983

 明治34~昭和58年。本名清一郎。中国厦門(アモイ)に生まれる。4歳で愛媛県松山に帰国。東京帝大文学部独文科に入学したが、転じて国文科を卒業。昭和4年高浜虚子に入門、「ホトトギス」に投句、後同人となる。昭和21年「万緑(ばんりょく)」創刊、主宰。人間探究派の指導者として新句風をひらいた。句集に「長子」「万緑」など。評論・メルヘンなどの著作も多い。成蹊大学名誉教授。

備考

 昭和6年、草田男31歳の作。20年ぶりに母校東京青山の青南小学校を訪ね、往時をしのんで作った句。その時、雪が降り始め、裏門から走り出してきたのは金ボタンの外套(がいとう)を着た児童たちであった。作者の幻想の中では、黒絣(くろがすり)の着物を着、高下駄(たかげた)をはき、黄色いぞうり袋をぶら下げた明治末期の小学生でなくてはならなかったのに。「明治」はよき時代であった。しかし、20年も過ぎ去ってしまった。古い閉じ込められた世界から、急激な文明開化を呼び、活気と浪漫にあふれ、これからの日本を背負うのだという気骨をそなえた時代。それは降る雪のかなたにかすんでいくのである。