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黄鶴樓にて孟浩然を送る
<李 白>
おうかくろうにてもうこうねんをおくる
<りはく>
故人西のかた 黄鶴樓を辭し
こじんにしのかた おうかくろうをじし
烟花三月 揚州に下る
えんかさんがつ ようしゅうにくだる
孤帆の遠影 碧空に盡き
こはんのえんえい へきくうにつき
唯見る長江の 天際に流るるを
ただみるちょうこうの てんさいにながるるを
故 人
旧友 ここでは孟浩然を指す
黄鶴樓
湖北省武昌(今の武漢市)の蛇山(だざん)という丘にあって、長江に面し絶景の眺望をほこる、黄鶴樓の詩で有名なところ
烟 花
春霞がたちこめ花の咲き乱れていること
天 際
天と地や水の接するところ、ここでは水平線
廣 陵
江蘇省、揚州のこと
親しい友の孟浩然は、この西の地、武昌の黄鶴楼で別れをつげ、かすみにけむる花の咲く三月、揚州へと舟で下ってゆく。
楼上から眺めると、友の乗る舟の帆かげが青い空のかなたに消えてゆき、あとには長江の水が空の果てまで悠々と流れているのが見えるだけである。
年来の友人孟浩然と黄鶴楼で別れた時の詩で送別の詩の絶唱と言われる。この詩は本来「黄鶴樓ニテ孟浩然ノ廣陵ニ之クヲ送ル」であるが「黄鶴樓ニテ孟浩然ヲ送ル」と簡略にした。詩の構造は平起こり七言絶句の形であって下平声十一尤(ゆう)韻の樓、州、流の字が使われている。
結
句
転
句
承
句
起
句
李 白
701−762
盛唐の詩人。杜甫(とほ)と並び称される。蜀(しょく)の錦州彰明県青蓮郷(きんしゅうしょうめいけん せいれんきょう)の人で青蓮居士(せいれんこじ)と号した。 幼にして俊才、剣術を習い任侠の徒と交わる。長じて中国各地を遍歴し、 42歳より44歳まで玄宗(げんそう)皇帝の側近にあり、のち再び各地を転転とし多くの詩をのこす。 安禄山(あんろくざん)の乱に遭遇して、罪を得たがのち赦される。62歳、病のために没す。
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