漢詩紹介

CD④収録 吟者:奥山紅雋
2016年7月掲載

読み方

  •  雪 梅  <方岳>
  • 梅有り雪無ければ 精神ならず
  • 雪有り 詩 無ければ 人を俗了す
  • 薄暮 詩 成って 天又雪ふる
  • 梅と併せ作す 十分の春
  •  せつばい  <ほうがく>
  • うめありゆきなければ せいしんならず
  • ゆきあり し なければ ひとをぞくりょうす
  • はくぼ し なって てんまたゆきふる
  • うめとあわせなす じゅうぶんのはる

詩の意味

 梅が咲いていても雪が降っていないと、風景が生き生きとしたものにはならない。雪があっても詩心が起きないようでは、せっかくの風景も平凡になってしまう。
 夕暮れ時、詩が出来上がり、雪が降ってきた。梅と雪と詩を合わせて春の情趣を十分味わえるのである。

語句の意味

  • 精 神
    生き生きとした勢いがあって美しいこと
  • 俗 了
    平凡なものになってしまう
  •  併 
    合わせると同じ
  • 十 分
    満ち足りる 完全

鑑賞

  雪・梅・詩がそろったのが春という高度な美意識

 梅の詩には「寒梅」のように、厳しい寒さを侵して、どの花より早く開くという、力強い詩をいくつか見るが、この詩はそれとは視点が違う。雪・梅・詩の意味するところは何も示されていない。この3点がそろって初めて十分な春という、凡人には計りがたい、芸術家ならではの美意識である。
 ただ「精神」の字解はなじみが薄い。通常①物質や肉体に対し、心とか魂。(幕末の志士の……には驚く)②知性的、理性的な能動的目的意識的な心の働き。(学問を究めようとする彼の……は見上げたものだ)③物事の根本的意識。(創設者の……を忘れてはいけない)④個人を越えた集団的一般的傾向。(日本人が風雅を好む……は美しい)⑤生気・光彩があって美しい。(この名画を流れる……は人々を魅了した)[広辞苑・漢語林など] この詩の場合は⑤に相当する。

漢文の小知識

  返読文字

 この詩には4つの返読文字が使われている。「有」「無」「不」「与」がそれである。
 返読文字とは中国語では動詞の下に目的語や補語が来るから下から上に返って読むのが当然だが、無条件で下から返って読む字を返読文字という。約30字ある。
「為」(ためニ)  不為児孫買美田
「毎」(ごとニ)  毎有花謳歌
「易」(やすシ)  少年易老
「難」(かたシ)  学難成
「勿」(なかレ)  日日勿忘謙譲事
「雖」(いえどモ) 雖身無檢繋
「可」(ベシ)   山岳可崩海可翻
「如」(ごとシ)  英雄心緒乱如絲
「非」(あらズ)  人非木石也
「使」(しム)   煙波江上使人愁
「従」(よリ)   風従鞋底掃雲廻。
「自」(よリ)   声自香雲団裏来

備考

 漢詩では普通同字を用いないのが原則であるが、この詩は梅・雪・詩の字を意識して多用している。機知と理屈の中に軽妙な味わいを感じ取るべきか。

詩の形

 平起こり七言絶句の形であって、上平声十一真(しん)韻の神、人、春の字が使われている。

結句 転句 承句 起句

作者

方岳  1199~1262

  南宋時代の役人・詩人

 字は巨山、号は秋崖。祁門(きもん=安徽省)の人。紹定5年(1232)の進士。吏部侍郎(りぶじろう=文官の任免賞罰等人事をつかさどる官庁の次官)、秘書郎正丞(宮中の図書の管理をする役所の高官)となり、のち南康、袁州(ともに江西省)の刺史(しし=地方長官)となった。才気鋭く詩文に優れ、名言佳句が多い。もともと農民の出のためか農村の景物を詠った詩が多い。「秋崖小稿」38巻がある。享年63。